『ロケットマン』 (2019) デクスター・フレッチャー監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

自分が音楽を一番聴いたのは、83年~87年の大学時代。渋谷のCISCOの新譜入荷日である水曜日と土曜日には必ず足を運び、バイト代の少なからずがレコード代に消えていた。CDではなくレコードの時代である(買うのは輸入盤ばかりだったので、CDを買うようになるのはそれより随分後のこと)。当時、タワーレコードの機関紙『VYNAL』に「無人島に持って行く10枚」というコーナーがあり、投稿したところ掲載されたのだが、自分が選んだ10枚のうちの1枚がエルトン・ジョンの『Goodbye Yellow Brick Road』だった(ちなみにあとの9枚は、ピーター・ガブリエル 『IV』、ポール・ヤング 『No Parlez』、スタイル・カウンシル 『Cafe Blue』、シャーデー 『Diamond Life』、ビーチ・ボーイズ 『The Beach Boys '85』、ジョン・レノン『Rock'n' Roll』、デビッド・ボウイ 『Let's Dance』、イエス『Going For The One』、ロキシー・ミュージック 『Avalon』)。

 

昨年ヒットした映画『ボヘミアン・ラプソディ』の監督にはブライアン・シンガーがクレジットされているが、彼は職場放棄を理由に途中解雇され、実際に作品を仕上げたのはデクスター・フレッチャーだった。その彼の次作もロック映画。人類史上5番目の売り上げを誇るロック界のスーパースターを描いた作品に、ファンとしては期待せざるを得なかった。

 

エグゼクティブ・プロデューサーとしてエルトン・ジョン本人の名前がクレジットされ、まだ存命中の人間の伝記的作品というのは、難しいところもあったであろうが、作品を観終わって、正直かなりがっかりさせられた。

 

いかに大成功を収めていても、その裏には、多大なプレッシャーや苦難がつきまとうことは想像に難くない。この作品のテーマは、ロックスターの成功譚ではなく、一人の人間の苦悩とその克服である。その点では、フレディ・マーキュリーという希代のアーティストの孤独を見事に描き出した『ボヘミアン・ラプソディ』と相似形(映画のタイトルは、クイーンの成功を象徴する楽曲名よりは、『フレディ・マーキュリー』とした方がよかったと個人的には思っている)なのだが、『ボヘミアン・ラプソディ』にはロック映画としてのカタルシスがあった。特に、エンディングをウェンブリーのライブエイドステージとしたのは、ライブの興奮の裏にあったフレディの孤独をより強く印象付け、効果的だったと感じる。

 

この作品では、困難からのリハビリテーションという「陰」の要素に対する「陽」の要素をミュージカルという形式に委ねている。それはエルトン・ジョン本人のアイデアだったらしいが、決してミュージカルが嫌いではない(むしろ大好きな)自分にとって、妙に安っぽく感じられた。これがブロードウェイで演じられたのであればいいのだが、映画というフォーマットでは、少々ちぐはぐな印象だった。

 

ミュージカルという形式を取ったことで、歌詞の内容が、登場人物の心中に沿うエルトン・ジョンの曲が選ばれて挿入されている。つまり、劇中の時間軸と、実際にその曲が発表された時期とはずれている。それは許されてもいいだろう。しかし、アメリカ上陸初ツアーで大成功を収めたシーンで歌うのが「クロコダイル・ロック」というのは、あまりにも事実とかけ離れていないだろうか。ロサンゼルスのトゥルバドールで初のアメリカでのライブを行った当時は、内省的なシンガーソングライターという存在であり、ステージでの目玉は勿論、「僕の歌は君の歌 (Your Song)」だった。「クロコダイル・ロック」は、その3年後に発表された6枚目の『Don't Shoot Me I'm Only the Piano Player(ピアニストを撃つな!)』に収録された曲であり、その時点では既に世界的な成功を収めていた。

 

また、ジョン・レノンとの親交は有名なところだが(ジョン・レノンの「真夜中を突っ走れ」収録時、演奏に参加したエルトン・ジョンに、「ビートルズのメンバーの中で、ソロで1位を取ってないのは俺だけだ」とこぼしたところ、エルトン・ジョンは「この曲が1位になったら、マディソン・スクエア・ガーデンでの自分のコンサートに招待する」と約束した。そして「真夜中を突っ走れ」が実際に1位になったため、エルトン・ジョンの招待を受けたジョン・レノンはコンサートのステージに上がり、3曲を共演している。当時、ヨーコとうまく行っていなかったジョン・レノンは、その日のコンサートにヨーコを招待しており、コンサート後、ステージ裏で彼らは関係を修復する。そして、その後生まれたショーンの名付け親はエルトン・ジョンである)、エルトン・ジョンの「ジョン」は、ジョン・レノンから取ったかのようなエピソードは「嘘」のレベル。エルトン・ジョンの「エルトン」は、当時のバンド・メンバーのエルトン・ディーン(後にソフトマシーンに加入して有名になる)から、そして「ジョン」は、そのバンドがバックを務めていたイギリスR&Bミュージシャンのロング・ジョン・ボルドリーから取っている。

 

またエルトン・ジョンの人物像も印象が弱い。エルトン・ジョンは自分の容姿に少なからずコンプレックスを持っており、それが奇抜な衣装の裏にはある。しかし、そうした描写はこの作品では見られない。そして、エルトン・ジョンと言えば毒舌家であり、度々批判を招いている。例えば、マドンナを口パクだと酷評したり、デビッド・ボウイの死後「レコードを売るためには、自分が死ぬことが一番だ」と発言している。そうした描写もない。

 

またエピソードとして、なぜ「キャンドル・イン・ザ・ウインド1997」の大ヒットを入れなかったのだろうか。この曲は元々『Goodbye Yellow Brick Road』に収録されていたマリリン・モンローへ捧げた曲。その曲をダイアナ妃の死後リメイクし、ロック史上最高のシングル売り上げを記録した。その記録はいまだに破られていない。ナイトの称号をもらい「サー」と呼ばれるエルトン・ジョンのロイヤル・ファミリーとの親交は、イギリス人としてのアイデンティティを印象付けると思われる。

 

作品のテーマとしてLGBTは重要な要素だが、少々紋切り型。彼のエピソードには、パートナー(同性婚)との間の子供のゴッド・マザー(後見人)がLGBTのアイコンであるレディ・ガガだったり、常にホモセクシュアルを揶揄していたエミネムとグラミー賞のステージで共演して彼への理解を示したりといったものがある。レディ・ガガ、エミネム本人が作品に登場して、そうしたエピソードを描けば面白かったのではないだろうか。

 

この作品の見どころは、エルトン・ジョンを演じたタロン・エジャトン(日本では「タロン・エガートン」と表記されることが多いが、発音は「タロン・エジャトン」の方が近い)の演技。作品中、彼が歌うシーンは実際に彼が歌っている。『ボヘミアン・ラプソディ』でリップシンクだったラミ・マレックがアカデミー主演男優賞を獲得したのだから、実際に歌うタロン・エジャトンはオスカーに近いと言われているがそうだろうか。ラミ・マレックのステージパフォーマンスは完コピであり、顔がそれほど似ているわけでもないのに、作品の最後では彼がフレディ・マーキュリーに見えた。この作品で、タロン・エジャトンがエルトン・ジョンに見えるとまではいかなかった。タロン・エジャトンのこれまでのベストと言えば、なんと言っても『イーグル・ジャンプ』(2016)。そして、その作品もデクスター・フレッチャー監督である。

 

また、エルトン・ジョンの長き盟友バーニー・トーピンとの友情はよく描かれていた。実際に作詞が苦手だったエルトン・ジョンは、デビュー以前のレコード会社のオーディションで、たまたま同じオーディションを受けていたバーニー・トーピンを紹介され、彼の歌詞にインスピレーションを感じたのが長きコラボレーション関係の始まりだった。彼らの創作スタイルは、まずバーニー・トーピンが歌詞を書き、それにエルトン・ジョンがインスパイアされて曲をつけるというもの。そしてイメージが湧いてこない歌詞は捨てられた。エルトン・ジョンのキャリアの最初のヒット曲である「僕の歌は君の歌 (Your Song)」は実際に30分で曲ができたと言われているが、この作品でのそのシーンはなかなか印象深かった(映画の中ではものの数秒で曲ができているのは少々安易な気もしたが)。

 

エルトン・ジョンのキャリアで最も売れていないアルバム『Vicim of Love』(1979)の制作シーンをちらっと見せたところはファン・サービスか。

 

エルトン・ジョンのファンでなければ、それなりに楽しめる作品かもしれない。ちなみに、自分のエルトン・ジョンのベスト3アルバムは、1位『Goodbye Yellow Brick Road』(1973)、2位『A Single Man』(1978)、3位『Jump Up!』(1982)。

 

★★★★★ (5/10)

 

『ロケットマン』予告編