『ファースト・マン』 (2018) デイミアン・チャゼル監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

『セッション』(2014年)、『ラ・ラ・ランド』(2016年)のデイミアン・チャゼル監督最新作。前2作がそれはそれは素晴らしかっただけに、期待せざるを得ない作品。結論から言えば、その期待は裏切られることはなかったが、若干予想したものとは違うデイミアン・チャゼル監督の新境地を見せてくれた作品だった。

 

近年で宇宙を舞台にしたヒット作と言えば、2013年の『ゼロ・グラビティ』だろう。今年のアカデミー賞において、『ROMA/ローマ』で監督賞を得たアルフォンソ・キュアロン監督の作品。絶対虚無空間の宇宙における孤独と「母なる地球」の賛美を対比した良質のエンターテイメントだった(作品では前者の描写がラストシーン直前までの大部分を占めるが、原題の『Gravity』は後者が重要なテーマであることを訴えるもの。前者にフォーカスした邦題は、監督の意図を汲み入れていないと見る)。

 

『ゼロ・グラビティ』がともするとただ面白いだけという作品になりかねないのに対し、本作はエンターテイメント性には劣るものの、ぐっと深みのある作品となっている。この点において、超優良エンターテイメントだったデイミアン・チャゼル監督の前2作とは趣きが異なると言える。それがデイミアン・チャゼル監督の新境地と言ったゆえん。

 

宇宙を舞台にした作品であれば、宇宙空間に浮かぶ宇宙船の映像が想像されるが、本作ではほとんど宇宙船を外から見た映像がない。そして映像の多くが、主人公ニール・アームストロングのクロースアップや彼の目を通して見た映像。つまり観客は、彼の体験を身をもって追体験しているような感覚に陥る。

 

ニール・アームストロングは、本作のタイトルが示しているように、人類史上初めて月面に降り立った人間。それほどの偉業を成し遂げながら、これまで彼を主人公とした作品が映画化されていなかったのは、彼の「絵にならない」キャラクターによると言われている。

 

 宇宙飛行士とのインタビューによる『宇宙からの帰還』を著した立花隆は、彼のことを「精神的に健康すぎるほど健康な人で、反面人間的面白みにはまるで欠けた人物。驚くほど自己抑制がきく人で、いかなる場面でもパニくるとか、感情が激するといったことがない」と評している。この作品でも、いわゆるハリウッド的なヒーローからはほど遠い、喜怒哀楽に欠け、家族とのコミュニケーションすらうまく取れない、人間としてはつまらない人物像がよく描かれていた。

 

そして作品では、人類が月面に降り立つという偉業を単に賛美するだけではなく、NASAの一連の宇宙計画の欺瞞性を挿入することで、「なぜ我々人類が月旅行をしなければならないのか」を問う作品となっている。NASA計画はソ連との帝国主義的覇権争いが地球外に拡大しただけであり、アメリカ国内の人種差別や経済格差といった矛盾に全く目をつぶった非常に「白人的」な政策であり、とてつもない国家予算の消費が全人類の恩恵に浴するものとなったかは疑問である等々といったものである。

 

テーマの深さ以外に特筆すべきは、映像の秀逸さ。地球上のシーンの多くはざらついた粒子のフィルムを使うことで当時のドキュメンタリー映像を見ている感覚に捉われるのに対し、宇宙の映像は実にクリア。その対比が宇宙空間という非日常性をうまく表していた。CGに頼らない昔ながらのセットにこだわった映像は、観る者をひきつける。

 

作品の出来としては、『セッション』『ラ・ラ・ランド』に譲るものの、それはそれらが特に優れているためであり、本作も秀作と言える。少なくとも個人的には、『ゼロ・グラビティ』よりは興味を引かれた。個人的趣味の問題ではあるが。

 

★★★★★★★ (7/10)

 

『ファースト・マン』予告編