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 前日、正楽寺で御朱印をいただき現在の大和北部八十八ヶ所だけでなく、以前の札所の御朱印も出来るだけ集めたいと思うようになりました。

 この日は、まず、ならまちにある徳融寺を訪ねて、阿波野老院(前住職)にお願いして、大正13年のご詠歌集に番外として載せられていた徳融寺観音堂の御朱印を書いていただきました。
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境内
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御朱印

 長楽寺から平群駅前に戻り、そこからタクシーに乗り最後に訪ねたのは平群町にある正楽寺でした。

 ネットで大和北部八十八ヶ所に関連したページを検索した所、正楽寺の御朱印に「大和八十八ヶ所番外寺院」という宝印が押されている事が紹介されていました。

 大和北部八十八ヶ所は江戸時代、元禄年間に設立された霊場ですが、その後、札番の入れ替えが何度か有り今日に至っています。

 番外についても何度か入れ替えが有り今日に至っています。

 大正13年のご詠歌集には載せられていないので、それ以前に番外から外れた事は間違いないと思いますが御住職に伺った所、その当時の経緯については分からないとの事でした。

 御朱印は御住職に書いていただき大和北部八十八ヶ所のまだ解明されていない歴史に思いを馳せました。
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 JRを乗り継ぎ帯解駅で下車そこから徒歩で次の目的地、山町にある極楽寺に向かいました。

 大安寺でいただいた資料には無住の寺で納経は信徒総代宅とのみ書かれていて連絡先が分からないので正直不安でした。

 ネットで検索して極楽寺近辺の地図を印刷し、とりあえず極楽寺を訪ねてみようと思いました。

 極楽寺近辺に到着した時、今まさに車で出掛けようとされているご夫婦にお会いして、その方に極楽寺の場所をお聞きした所、その方たちは極楽寺の御朱印を書いておられる信徒総代宅の家族の方で、そちらのお宅に案内していただき、御朱印担当の方に大和北部第72番の御朱印を書いていただきました。