Adieu Romantique No.585
『珈琲 & 音楽 in 喫茶店Ⅲ』
昭和の香りが濃厚に沈殿し、まるで時間が止まってしまったような喫茶店で。珈琲を飲みながら、そこで流れていて欲しいと思う、謂わばコーヒー・ミュージックとも言えそうな音楽や(僕にとってそれは昭和の、日本のロックやフォーク、歌謡曲を指している)、その店で読んでいたい本とか、そこで眺めていたいようなアートや写真、その時代の映画やなんかについても適当に散りばめながら自由に綴っていくことに(すべては僕のイメージの中にある「昭和」に過ぎないけれど)。
それら僕のイメージの断片から、昭和の残像のような世界が立ち現れてきてくれればいいなと思う。
音楽は今回もはっぴいえんどの曲から。日本最古のインディ・レーベル、URCからリリースされたファースト・アルバム、通称『ゆでめん』。林静一が描いたカヴァー・イラストの看板から、いつしかそう呼ばれるように。アルバムのオープニングを飾った、大瀧詠一のパッションを放つボーカルがいい感じの。今の季節にもぴったりな名曲『春よ来い』を。
🖋️アルバムの歌詞カードには「下記の方々の多大なる御援助に深く感謝したい」と、自分たちが好きなミュージシャンや作家などの名前が手書きで並べられている。書かれているのはジェイムズ・ジョイス、アンドレ・ブルトン、ジョルジュ・バタイユ、フィリップ・ソレルスからジャン=リュック・ゴダール、フェデリコ・フェリーニ、ジョン&ポール、ディラン、ジョニ・ミッチェル、フランク・ザッパ、ドビュッシーとかとか。
そして今回の僕のシリーズ・ブログとも連動したり、特に連動しなかったりする日本人の名前もたくさん。美空ひばり、黒澤明、澁澤龍彦、稲垣足穂、夢野久作、大江健三郎、富岡多恵子、細江英公、中平卓馬、杉浦茂、林静一、つげ義春などなど。メンバー全員がすべての志向や嗜好を共有していたとは思えないけど(大瀧詠一がアンドレ・ブルトンに興味を持っていたとは思えないよね)、その趣味の広さ、興味の深さは当時の他のフォーク・シンガーやバンドとは一線を画しているし、僕が影響を受けた人、僕が大好きな人とも随分と被っている。
同じくはっぴいえんどの、1973年にリリースされたラスト・アルバム『HAPPY END』から。珈琲が大好きだという細野晴臣の、珈琲ととても相性がいい曲(と言うより、その後の細野さんの『トロピカル・ダンディー』から『泰安洋行』~『はらいそ』という「エキゾチック3部作」に至るリズム・キングとしてのソロ・ワークの萌芽が聴こえてくるような)『相合傘』(もはや死語だけど。昭和の公共のトイレの壁に書かれていた落書きも😃☔😃僕にとってはとてもロマンティークなものなので)。
🎨林静一の作品を。竹久夢二の影響を受けたような作品から、あがた森魚が歌って大ヒットした「赤色エレジー」の原作漫画、ロッテのキャンディ「小梅ちゃん」のイラストレーション、角川文庫から出版された「寺山修司の著作シリーズ」のカバー・イラストなど、すべてが昭和的で魅力的。
🎨寺山修司が主宰した演劇実験室「天井桟敷」による1971年の作品『邪宗門』の公演ポスターのアート・ワークも。昭和の、独特のエロティシズムが。
加川良(1947~2017)。彼の歌は誰もが普通に感じるようなことを軽くもなく重すぎることもなく、淡々と歌い紡ぐことで若者たちの心に寄り添ってきた。1971年にリリースされたアルバム『教訓』から『教訓 Ⅰ 』を。一聴すると、弱々しくネガティヴに聴こえる、その歌は過去の戦争に対する「教訓」であり、そこにはとても強い意志と柔らかな主張が優しい眼差しで歌われている。そして今、現在の世界の状況を見るにつけ、この歌から何かしらを感じ取ることができるんじゃないかと思えて仕方ない(そう。もっと想像力を膨らまさないと)。
よしだたくろう(1946~)がアルバム『元気です』に収録する曲が足りなくなってしまい、友人でもあった加川良に頼んで詞をもらった1曲『加川良の手紙』。つまり。歌っているのはもちろんたくろうなんだけど、歌詞に登場する男性は加川良の心情だということ。
モテモテだった(はずの)たくろうが最初の結婚をしたのは1972年のこと。お相手は小室等や及川恒平などの才能が集まったバンド、六文銭のメンバーだった四角佳子。路上で4人を相手にケンカして袋叩きにあってしまったたくろうを四角が介抱したのがきっかけだったという。その六文銭の1972年の名作『キング・サーモンの島』から彼女がボーカルを取った、とてもロマンティークで可愛い曲『夏・二人で』を。
📖昭和の雰囲気が漂う喫茶店で読みたい本をもう一冊。1969年に刊行され、ベストセラーになった庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』。学生運動を背景にしながら、主人公の、日比谷高校に通う高校生・薫がノンポリ【Nonpolitical】(当時の流行語。政治運動に無関心な人を指す言葉)な感じが時代の空気を伝えてくれる。当時の若い人たちが全員、学生運動をしていた訳じゃないし、SSWたちがみんな政治的な歌を歌っていた訳じゃない(多分、そうじゃない人の方が多かったのだ)。この本を原作にして岡田裕介の主演で映画化もされている。
共に同じ時期をGS(グループサウンズ)の超人気グループとして60年代を駆け抜けた二人、ザ・タイガースのジュリーこと沢田研二(1948~)と、ザ・テンプターズのショーケンこと萩原健一(1950~2019)がそれぞれのグループ解散後に短い期間ながらツイン・ボーカルを務め、他にもザ・スパイダースの井上堯之(g)と大野克夫(key)、ザ・タイガースから岸部一徳(b)、ザ・テンプターズの大口広司(ds)、ミッキー・カーチス&サムライの原口裕臣(ds)を擁したスーパー・バンド、PYGの1971年にリリースされた唯一のアルバムから『自由に歩いて愛して』と『花・太陽・雨』。終焉を迎えたGSの仇花的な感じもする、当時のニュー・ロック。いい響きだよね。因みに。アナログ盤ではアルバム・カヴァーのブタのイラストの鼻を押すと「ブー、ブー」と音が鳴る凝った仕様だった。
昭和のカッコいい繋がりで。1971年に桑名正博、横井康和、栄孝志によって結成され、翌年、内田裕也の仕切りでセカンド・アルバムをリリースしたファニー・カンパニーの、大阪Grooveが全開したシングル曲『スウィート・ホーム大阪』。当時「東のキャロル、西のファニカン」と呼ばれたほど期待を集めていた。
1990年代以降に。昭和歌謡の魅力を愛をもって伝えてきた渚ようこ。その愛が全開した、クレイジー・ケン・バンドの横山剣とのデュエット曲『かっこいいブーガルー』で昭和にワープだ。
🎨 どこにも行き着くことができない男と女の性のようなものを書いていた漫画家上村一夫。彼の作品がフォークととても相性がいいのは、当時、流行していた「同棲」をテーマにした漫画「同棲時代」が1972年にヒットしたから。因みに。その作品は梶芽衣子、沢田研二主演でTVドラマ化され、由美かおる、仲雅美主演で映画化されている。
1970年のデビューから亡くなる2010年まで常に時代に抗いながら我が道を歩き続けてきた浅川マキ。1974年にリリースされた神田共立講堂のLIVE盤『Ⅵ』から『港町』を。(作詞:Langston Hughes / 作曲:山下洋輔 日本語詞:斉藤忠利)。
📷️植田正治(1913~2000)。日本を代表する写真家のひとり。鳥取砂丘を背景に、ごく普通の人たちを遠近法を解体したような、まったく普通ではない構図で撮った写真は昭和の空気を濃厚に漂わせながら、過去から現在に至るまで常にモダンでスタイリッシュであり続けている。
🖊️詩人であり写真家であり、デザイナーでもあった北園克衛【Katsue Kitazono】(1902~1978)。アメリカのモダニズムを代表する、偉大なる詩人エズラ・パウンドとの往復書簡の中でキットカット【Kit Kat】と呼ばれていたほどの親交があった。昭和の喫茶店で。こんなモダンな詩を読むのも、いいかも知れない。
📖北園克衛の造型詩を収めた、素敵な装丁の本『カバンのなかの月夜』。言葉と言葉の間にある物質的な沈黙が刺激的なほどに美しい。
『単調な空間』
白い四角
のなか
の白い四角
のなか
の黒い四角
のなか
の黒い四角
のなか
の黄いろい四角
のなか
の黄いろい四角
のなか
の白い四角
のなか
の白い四角
のなか
忌野清志郎、小林和生、破廉ケンチによって活動していたRCサクセションの1976年のアルバム『シングルマン』から『うわの空』を。考えてみると「うわの空」っていったいどんな「空」なんだろうか🤔と。思うに。人それぞれが気もそぞろに、ぼんやり想い浮かべることができる、人それぞれの「空」なのかも知れないな。因みにアルバムのアレンジは初期の井上陽水を語るときには外せない星勝。