時間について 1/7: 時間だけが特別である | texas-no-kumagusuのブログ

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トミオ・ペトロスキー(Tomio Petrosky、日本名:山越富夫)のブログです。

最近、ネットの質問回答欄「教えて!goo」に「時間について」 と言う質問が立ちました。専門家の端くれの私が、一般の人向けに解説を試みましたので、その回答に手を加えたものを、数回のシリーズに分けて、ここに残しておきます。


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時間とは何かと言う問いの前に、物理学において時間がどれだけ他の観測量と違っている例外的なものであるか、紹介しましょう。

ピタゴラスやアルキメデスに既にその萌芽がありましたが、この世界の出来ごとを数字で表されることを誰よりも深く最初に認識したのは、ガリレオです。彼は、微積分も関数論もまだ全く知られていない時代、精々、現在日本の小学校で教えられている算数の知識だけで、

「数学は自然を記述するための言語である」

という、超気違い染みた神懸かりのご宣託をのたまわったのです。その段階で、人類は「物理量」なる数値の存在を明確に認識したのです。

数値が物理量なら、数値と数値の関係を表す「関数」なるものが、自然を記述するのに適していることは、数学が発達してくると誰にでも自然に気がつくことです。ガリレオの振り子の等時性や、ケプラーの惑星の運動に関する三法則など、人類は物理現象の記述に関数をそれとなく使い始めていたのですが、それを決定的に物理学の中心に置いたのはニュートンでした。ニュートンの法則は物理量を「微分方程式」と言う数学の形式で表現できると最初に気がついたのです。これが、 ニュートンによってなされた微積分学の最初の発見です。その後200年間、物理量は数値で表され、法則はその物理量の従う微分方程式で表されるものと考えられておりました。

ところが、19世紀後半になって原子分子などのミクロな世界の観測ができるようになってきて、ニュートンの法則の予言から大きくズレてしまう現象が次々と見つかるようになりました。その分析から、ミクロの世界では、ニュートンの法則はそのままでは成り立たず、拡張が必要だということが解って来ました。それが、トランジスタや、 IC回路や、LEDなどを記述する量子力学の誕生へと導きました。それに対して、
ニュートンの法則を古典力学と呼ぶようになりました。


量子力学の発見で人類が一番驚いたことは、それまで物理量は数で表され、法則はその数の従う関数に関するあり方を規定するものと思われていたのに、そうではなく、物理量は、ある関数を他の関数に対応させる、言わば、関数の関数であることが解ったことです。この関数の関数のことを、数学では関数に作用する演算子、あるいは作用素と呼んでいます。例えば、微分するとは、微分演算子をある関数に作用させて、他の関数を導き出す行為です。粒子の位置も運動量(
速度に質量を掛けた物)も、みな数その物ではなくて、微分演算子で表されていることが発見されたのです。そして、古典力学で数で表される物理量を演算子で置き換える作業を「量子化する」と言うようになりました。

初学者は、物理量が数ではなくて演算子だと言うと、何か神秘的で大革命が起こったような気になってしまいますが、解ってしまうと、そんなもの大革命でも何でもありません。大革命は量子力学で起こったのではなく、上のガリレオの言葉が発せられたとき起こったのです。

ガリレオは、物理量は数値で表されるなどと、遁でもない神懸かりをのたまわった。さあ、一度そのことが確認されてしまったら、当然物理量を取り扱うのに関数が必要なことは誰にでも解る。だったら、関数の関数だって当然数学的論理の自然な帰結として現れて来る。そして、ガリレオが神懸かりでほとんど何も根拠なく言い出した

「物理量は数値で表される」

という仮説が、人類の進歩で、不完全な仮説であることが解って来ただけです。この仮説から、



「物理量は関数で表される」

という考え方が自然に出てくる。
そしてその後の物理学の進歩によって、もっと正確には

「物理量は関数の関数で表される」

ということが解るようになったわけです。だから、大革命は量子力学で起こって来たわけではなく、ガリレオの神懸かりから自然に出てきた帰結だったのです。(注1)

ところが、ここに改めて大発見が起こりました。物理量のなかに唯一の例外があったのです。それが時間です。他の観測量は全て演算子、すなわち、関数の関数で表されるのですが、時間だけは、それに対応した演算子が存在しないことが解ったのです。量子力学では、時間が相変わらず数で表されており、他に表現の仕様がない。

どうです、何故時間が相変わらず物理学の中心テーマになっているかの一端がお解りになりましたか。

この辺りの情報を「時間演算子」と言うキーワードをネットでググってもらえると、ここでの私の紹介文の内容が少しは判るかもしれません。
(注2)


また、上のガリレオの言葉との関連で、
2013.03.05のブログ

『数学は男と女の愛を記述するための言語である』

も参照して見て下さい。



(注1)そのことから、関数の関数の関数が出てきても、最早驚くには当りません。事実、量子力学では、密度行列と呼ばれる関数の関数に作用する、フォン・ノイマン演算子と呼ばれる関数の関数の関数が重要な役割を演じます。

(注2)
「時間演算子」は「時間発展演算子」とは全く異なった演算子のことなので、混乱しないように。
  「時間発展演算子」とは、ある時刻の系の状態を他の時刻の系の状態に対応付ける演算子のことで、それはいつでも存在します。要するに、今の状態が解ったら、そのあとの状態がどうなっているか、その時間発展の対応関係を表した演算子です。別な言い方をすると、「後の時刻の状態を表す関数」が、「初期の状態を表す関数」の関数、すなわち関数の関数で表されるという、自明なことを表しているのが「時間発展演算子」です。
  それに対して、時間の発展ではなく、時間その物を表す演算子があったとした場合、それを「時間演算子」と言います。そして、量子力学の発見での驚きは、時間以外の全て物理量は演算子で表されるが、時間だけは例外で、時間演算子は存在しないという事実が解ったことです。