時間について 2/7: 一寸専門的 | texas-no-kumagusuのブログ

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トミオ・ペトロスキー(Tomio Petrosky、日本名:山越富夫)のブログです。

今回は前回のつづきで、どちらかと言うというと物理学専門の方への補足です。

物理の専門の方で、「時間演算子は存在しない」ということに異議を唱える方がいる可能性がありますので、もっと厳密に言っておきます。
以下の解説は、一般の方にはスワヒリ語かエスペラント語でも聞いているような気になってしまうかもしれませんので、この章は読み飛ばしても、一向に構わないと思います。

物理学では、「正準変数の対」と言って、いつも二組の変数が正準関係式と言う関係を満たす一対で現れます。例えば、粒子の位置の座標と運動量が対をなし、角度と作用変数が対をなし、エネルギーと時間が対をなす、、、と言う具合です。

さらに、
正準変数の対に対して、その変数同士は互いに正準共役な量であると言います。そして、量子力学では、一つの例外を除いて、これら一対は互いに正準共役な演算子になっています。ところが、エネルギーを表す演算子はあるのですが、それに正準共役なはずの時間を表す演算子が存在しないことが数学で厳密に証明できてしまうのです。

だから、もっと正確に言うと、

「エネルギー演算子に正準共役な時間演算子は存在しない」

と言うのが正しい表現です。

アインシュタインの時空に正準共役な量は、それぞれ、エネルギーと運動量なのですが、その4つの変数、すなわち、時間、座標(空間)、エネルギー、運動量 のうち、時間だけには対応する演算子がなく、従って時間は量子化できないのです。だから、時間は物理学で扱う変数の中で特別なのです。

このことから、物理学の多くの教科書に書いてある

「時間とエネルギーの間の不確定性関係」

なるものが、厳密には存在しないことが解ります。なぜなら、二つの演算子の積、即ち、演算の順序を入れ替えると、一般には結果が異なってしまいます。即ち、演算子は普通の数のとは違って、演算子同士の掛け算の順序を交換すると、その結果が同じでなくなります。その結果、二つの演算子の積で、はじめの積の順序から、その順番を入れ替えたものの引き算は一般にゼロで無くなります。この差がどうなるかを表す式のことを交換関係式と言います。
さらに、量子力学では正準変数の対の間の交換関係式が特に重要になるので、これを「正準交換関係式」と呼んでいます。そして、不確定性関係は正準交換関係式から導き出されるのです。ところが、時間とエネルギーの間には正準交換関係式が存在しないので、不確定性関係が導けないのです。

歴史的には、
「時間とエネルギーの間の不確定性関係」は量子力学を完成させたハイゼンベルグが言い出したことです。彼はその「不確定性関係」なるものを、座標と運動量の間にある正準交換関係式(これは存在する)を使って、さらに、「時間」を古典力学のように、あたかも「距離」を「速度」で割ったものとして「時間とエネルギーの間の不確定性関係」を「導き出して」いるのです。(注1) これは正確には量子力学で言う不確定性関係ではありません。この辺りの事情を正確に記述している教科書もないわけではないですが、ほとんどの教科書の著者はハイゼンベルグの受け売りで書いており、著者本人も理解していないので、多くの学生たちが混乱していると言うのが現状です。

実は、エネルギー演算子は波動関数に対する時間発展を生成する演算子であることが知られているのですが、力学には、エネルギー演算子とは別な時間発展を生成する演算子がもう一つ知られています。それは、波動関数ではなくて、古典力学の状態を表す分布関数や、量子力学の状態を表す密度行列と呼ばれる演算子の時間発展を生成する演算子です。それはリウビル=フォン・ノイマン演算子と呼ばれおります。これは、密度行列と言う演算子に作用する演算子なので、演算子の演算子、すなわち、関数の関数の関数を表しています。

リウビル=フォン・ノイマン演算子は時間とは正準共役な量ではありません。しかし、もしかしたらリウビル=フォン・ノイマン演算子と対の形の「時間演算子」ならあるのではないか、という提案がプリゴジン教授に率いられたグループから出ており、その具体的な時間演算子の例がいくつか提示されております。(注2) この場合、その時間演算子を作るのに、時間の向きの対称性が破れていることが本質的なっています。ですから、どう言う意味で時間演算子があり得るのかをはっきりさせると、人類は「時間」に対する認識が、今までより一層深まるのではないかと期待されているのです。


(注1)文章のここの部分だけに関しての注です。ここの部分で「」付きの言葉は、本来の正確な意味で使われていないことを強調するために付けておきました。例えば、量子力学では運動量と言う概念はあるのですが、速度と言う概念はありません。そこで、「速度」を古典力学と同じように強引に、運動量を質量で割ったものとし、さらに「時間」を、移動した距離をその「速度」で割ったものとした無理な取扱いをしているなどを強調するために括弧を付けておきました。

(注2)例えば、“Explicit construction of a time superoperator for quantum unstable systems” G. Ordonez, T. Petrosky, E. Karpov, and I. Prigogine, Chaos, Solitons and Fractals 12 (2001) 2591.