すばらしき文章 | texas-no-kumagusuのブログ

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トミオ・ペトロスキー(Tomio Petrosky、日本名:山越富夫)のブログです。

 若い頃読んだ文で、いつか誰かに読ませてみたいと 感激した文章があります。私も学者の端くれですが、学者とはここまで間の抜けた人種だと良く良く分からせてくれる文章です。この文は、西洋の戦争論の古典中の古典、クラウゼウィツの『戦争論』の序文に引用されているもので、彼はこれをヒンデンベルグの『火災対策論』から採った文だと紹介しています。クラウゼウィツはこの引用文のようなことを自分の本では書きませんよ、と言っております。ご鑑賞ください。

「ある家庭が火事をおこした場合には、何よりもまず、その左側の家屋の右側の壁と右側の家屋の左側の壁を保護することに努力しなくければならぬ。何故ならば、 例えば、左側の家屋の左側の壁を保護しようとしたとしよう。その家屋の右側の壁は左側の壁の右側にあり、ところが火事はこの両方の壁のさらに右側にあるのだから(というのは、われわれは、家屋は火事の左側にあると仮定しておいたからである)右側の壁の方が左側の壁よりもいっそう火に近いわけだからである。 したがって、家屋の右側の壁は、もしそれが保護されていないと、保護されている左側の壁に火が燃え移るより先に、燃える恐れがある。左側の壁もまた保護されていないとしても、それでもやはり、保護されていない右側の壁の燃える方が早い。だから前者を放置して、後者を保護することが必要である。このことをはっきり頭に刻みこむためには、次のように記憶していればいい。家屋が火災の右側にあるときには左壁を、家屋が火災の左側にあるときは、右壁を保護せよ」

この文を書き写しているあいだ中、私は笑いが止まりませんでした。この文を書き終えた後、書き間違いがないかを添削するのも大変でした。

虎は死して皮を残しますが、ヒンデンベルグはクラウゼウィツのお陰ですばらしい迷文を歴史に残しました。私は、こんな人間界の迷走が大好きです。これでなかったら、人生しゃっちょこばった味気ないものになってしまいますものね。