池田市郎兵衛の自負☆ | げむおた街道をゆく

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池田市郎兵衛と言えば、度々の戦功を重ね、

首供養をした程の武士であったが、

牢人して困窮に陥った時、寺沢広高がこれを招き、茶料として四百石を無役として与え、

さらに鉄砲足軽20人を、

「これは並の足軽ではないが、人数少なく色々と不便であろうから使われよ。」
と言って預けられた。

ところで、この池田市郎兵衛は、かねてから黒田長政と細川忠興も、

召抱えたいと探していたのだが、
彼が既に寺沢広高の召し抱えられたことを知ると非常に残念がり、

彼らはそれぞれ、市郎兵衛に対し、三千石で召抱えたいといってきた。

しかし市郎兵衛、
「私が牢人し餓寒に及ぼうとしていた時に、主君・広高の恩恵を蒙り、

今にいたって妻子を豊かに育めております。
三千石はかたじけない事ですが、その高禄に心惹かれて他家に参るというのは、

武士の本懐ではありません。」
と伝えて、両家の誘いを断った。

寺沢広高は、この話を漏れ聞き、

「他人が高禄を以って池田市郎兵衛を招いたのに、

彼は利を貪らず私に義理を立てた。

それを私が知らぬ顔で捨て置くというのは、道に背く行為である。」
そう考えて市郎兵衛に三千石を与えようとした。

が、これに市郎兵衛。
「私はもとより、禄の多少を論じてはいません。

ただ殿からの処遇の浅からざるを悦んでいるのです。
今頂いている所領にて、衣食の用は充分に足りています。

ですから、その他は毛頭望むところではありません。

もし殿に誘っていただいた時、その身上が不足だと考えていたら、

たとえ餓死しても、始めからそれに応じる筈もありません。
その上、当家に参ってから、私には何の功労もなく、

懸命な御奉公を勤めたいという気持ちばかり募りますが、
些かも御恩に報いることは出来ていません。

そんな私が今更どうして、過分の御加増を受けられるでしょうか?」

池田市郎兵衛、なんと殊勝な物言いであろうか。ところが、

「ただし。」

市郎兵衛は続けた。

「私のこれまでの武功に応じた所領を与えたい、とお考えなのなら、

例えば御家では、御家老の平野源右衛門殿には、八千石を下されておりますね。

しかし彼は、武功において私と同列に語れるような者ではありません。
もし源右衛門殿と同じ基準で武功を評価していただくのなら、

私には一万石下されても、未だ充分だとは思いません。

殿?なまなかな気持ちで手をお付けなされては、

私が成してきた功績に傷をつけてしまいます。
ですから却って今のままのほうがいいのですよ。」

そう言って断った。
 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。

 

 

 

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→ 肥前国唐津藩藩主、寺沢広高

 

 

 

ごきげんよう!