鍋島勝茂は、肥前藩二代目藩主である。
ある時、勝茂は家臣達と狩りに出かけた。
獲物を探していると、遠くで笹が波のように揺れるのが見えた。
(猪だ!)
そう思った勝茂は、その笹の波の揺れをじっくり狙い銃弾を撃ち込んだ。
笹の波は止まった。
家臣たちが笹を掻き分けると大きな猪が、白目を剥いて倒れていた。
藩主自らこんな大きな猪仕留めたのだ。
こんなことは珍しい。
家臣たちは勝茂の下に走り寄って、口々に勝茂の腕を褒めた。
「何とも大きな野猪。これほど珍しい大物をお撃ちあそばされて・・・。」
そう言われて勝茂も気分が良かった。
そこで、(みなでこれを思うように食するように)と言おうとした時だった。
倒したと思った猪が、突如起き上がって暴れだしたのだ。
眼を血走らせ、牙を剥きだし、死に物狂いで暴れ回ったために、
勝茂の周囲にいた者はみなビックリし、逃げ腰となった。
ある者は本当に逃げ出し、ある者は腰を抜かし、ある者は狩り用の弓を木に引っ掛け転び、
ある者は頭を抱えて縮こまった。
そんな中で、勝茂は袖で顔を覆い、ひとり泰然自若としていた。
猪は、やがて鍋島又兵衛という剛の者が仕留め、騒ぎはおさまった。
この騒ぎから暫らくしてから、近臣が勝茂に言った。
「あの時は、みんな慌てましたねえ。
撃ち倒したと思った猪が、実は生きていて暴れだしたんですから。」
これに、勝茂は言った。
「知らんな。何しろ埃が立って、袖で顔を覆っていて、何も見えなんだからな。」
勝茂は、部下達の狼狽ぶりを見なかった・・・のである。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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