母里但馬の欠点といえば、何事であっても、
黒を白と言い出し、それが実際には黒であると解っているのに、
白だと一度言い出した以上、後から黒だと言うような奴は武士ではないと、
事々に強情であった。
例えば、江戸に下る途中、浮島ヶ原で砂の上で朋輩多数と、
酒、茶などを飲みながら休息していたところ、
ある者が言った。
「富士山は、遠国から聞いていたよりも高山ですね。
最も名高き山ですが、初めて見て、
なおさら驚きました。」
これを聞いた但馬が言った。
「いやいや、悪しく見ているぞ。私にはそれほど高山には見えない。
我らの居城の上にある、福地獄よりも低く見える!」
一座の者達さすがに呆れ。
「それはお目違いです。福地獄を10重ねても富士ほどにはなりませんよ。」
この反応に母里但馬、激怒。
「さては各々、この但馬を盲目のように思っているのか!?
念も無いことだ。富士は絶対に、福地よりも高く無い!
私はこれに首をかけても良い!」
そう苦々しく言い放った。
場の者たちは、
『この人と首をかけるなどとても出来ない。』
と思い、
「お、仰せのごとく、よくよく見てみればあまり高山ではありませんなあ。」
などと追従を言うと、但馬はそれを真実と信じ、
その後一生、福地獄より富士は低いと申し続けていた。
但馬はこのような作法の人間だったのである。
勿論後年になると、但馬も福地獄は低いのだと気がついていた。
だが一度言ったことを言い換えてはならないと、
一筋に思い定めた故に、そう言い続けたのだ。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
こちらもよろしく
ごきげんよう!