ある年のこと。
黒田家では、村田出羽と堤九郎兵衛という二人が、
白切裂の指物を差していたのだが、
村田が、堤のところに使いをやって申すには、
「白切裂の指物は私が久しく差していたのだが、ご存じなかったのだろうか?
戦場で紛らわしいので、あなたは、その指物を止めていただきたい。」
これに対し堤の返答は。
「昔のことはよく知りませんが、先年の治部少輔(石田三成)の乱の時、
如水公が九州に出兵された折、
私はこの白切裂の指物を差していましたが、貴殿は金の半月の指物をしておられました。
そうであった以上これは私の指物と決まったようなものです。
あなたの方こそ、白切裂の指物を使うのを止めていただきたい!」
村田は、これに反論。
「あの乱の折、私は御使番を仰せ付けられていたため、使番の指物を差していたのだ!
ただいまは立身つかまつり足軽頭を仰せ付けられた。
そのため指物も元のものに戻したのである。
この事に疑い有らば家中の古参の人々に尋ねられよ、
私が、昔から白切裂の指物を使っていたことを、証明してくれるだろう!
貴殿は早々に別の指物に取り替えられよ!」
堤も、そんな事で納得しない。
「昔はそうだったかも知れないが、私にとって既に一陣を勤めた指物である!
これを指すことを止めるわけにはいかない!」
以上のようなことで、村田と堤の関係は、一気に悪化した。
村田は、
「堤のところに行って指物を踏み折ってやる!」
と言ったと云い、包も同じことを言ったと云い、
双方、
「踏み折れるものなら折ってみろ!」
と指物をわざと屋敷の軒下の方に置いている、などと云われ、
もはや二人が道で行き逢えば、刺し違えることに成るだろう、とまで言われた。
さらにはこの事を聞いた双方の親しいお調子者たちがそれぞれに、
「何かあったらお味方いたす!」
などと言ってきたりと、非常に面倒くさい事態へと発展してしまった。
これは流石に良くないと、双方の親類縁者、友人などが間に入って和解させようとしたが、
聞く耳持たず。
次に黒田家の中老たちが上司の立場から意見したがそれも聞き入れない。
双方、異口同音に、
「人間として、もし今の指物を止めれば、大いなる恥辱となります!
そんなことをしたら相手が、
『踏み折るなどと言いながら未だに踏み折らない。口ほどのこともない。
大した人物ではないな。』
などと世間に言い回るでしょう!
ですから、御老中の意見は申すに及ばず、例え殿の上意であっても、
その意見をお受けすることは出来ません!
切腹を仰せ付けられても、あの指物を止めることはありません!」
こう言い切った。
周りの人々はさすがにあきれ果て、終に黒田家の最高幹部である年寄衆に、
事の解決を願い出る事にし、
丁度、栗山備後守利安の屋敷にて、年寄衆の寄り合いがあったため、
そこに出向いてこの件を訴えた。
二人の親類衆の話を聞いた年寄衆は、
「あの二人が指物について口論しているという話は聞いていたが、
大したことでもないと思っていたのに、
そこまで話が大きくなっているとは。」
と驚きいたが、村田、堤両名が、これ又同じように、
『たとえ殿様の御意であっても指物を止めることはありません。
御扶持を放たれれば上々の幸せ。
切腹を命ぜられようとも後悔しないと決心いたしました。
御老中の命令といえども、こればかりは承知することは出来ません。
私の決意はこれにて、解って頂けるでしょう。』
と言っていると聴き、
「さてもさても苦々しい話だ。」
と言葉もなく静まり返った。
─と、この時それまで奥の間に居たこの屋敷の主人、栗山利安が戻ってきた。
栗山は話を聞くと、「あっはっは。」と笑い出し、
「何だそんな事か。もっと早く聞かせてもらえれば、
ここまで難しい話にはならなかったのに。
まあいい。とにかく村田も堤もここに呼べ。
私が両人に申し聞かそう。」
その場の人々、
「どういうつもりなんだろう?
あの二人はもはや、どんな意見も聞くことなど無いのに。
話の内容をよく理解していないんじゃないのか?」
と怪訝に思った。
呼び出された村田、堤は座敷に通された。
そこで栗山は家人に、
「私の具足箱を持ってこい。」
と命じた。
その具足箱を開くと中から、なんと、
その両名が命をかけて争っている当の物、白切裂の指物が出てきたではないか。
それを手に持ち、栗山は言う。
「お前たち二人は指物のことで口論をしているとか。
その争っているのがこれと同じものなら、それは無益の争いだぞ。
これはな、わたしが若い頃、ずっと差して度々手柄を立てた指物なのだ。
その後、成長して、小馬印には別の指物を指すようになったが、
これは風に引っ張られることもなく、
まあ何より老後に、若い頃の事を思い出そうとしてな、
この筑前に入国の翌年に拵え置いたものなんだ。
わが子大膳には、形見の品とも成るだろう。
お前たちは無用の議論をやめよ。
もし未だやるきなら、指物に付いて俺と公事(裁判)をするかい?」
そうカラカラと笑った。
これに村田、堤両名は目が覚めた思いで、
「さてさて是非に及ばぬ口論をしてしまい、面目もありません。」
と同じように答えたため、栗山、
「元々二人に遺恨があったわけではないだろう。大急ぎで仲直りするんだな。
まったくお前たち二人は意地が強すぎて、いつも物事を難しくする。
かなり宜しくない心得だぞ!」
としたたかに叱りつけると両名、
「仰せのごとく、我ら二人は遠い親戚でもあります。
心やすく付き合っていたはずなのですが、今回は石車に乗り(調子に乗ること)、
是非なく命をかけた果し合いをするところでした。
さてさて、危ないところでした。
今や何の意趣遺恨も残ってはおりません。」
と二人して大笑いし、同道して帰っていったという。
栗山利安、指物争いを和解させる、と言うお話。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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