黒田家の村田出羽守吉次といえば、大人として立派な所は少しもないが、
覚悟というものをよく知っていて、心任せの働きをする人物であり、
友人の中で似た人間といえば、母里但馬(太兵衛)くらいのものだったという。
こんな村田出羽だが、重臣筆頭とも言うべき栗山備後利安の事だけは恐れていた。
ある時のこと。
普請場で栗山が見回っていると、村田出羽が例によって高言をしているのが聞こえてきた。
曰く。
「わしが当家において恐ろしいのは殿様だけだ!
年寄衆なんて、ヘチマの皮とも思わねえよ!」
これが耳に入った栗山、静かに村田へ歩み寄り、静かに言う。
「おい出羽よ、わしが居る所でそんな事は言わさせねえぞ?
殿が許しているからって誰にも彼にも慮外を働きやがって。
お前は御家の邪魔者だ!
以後、よくその事を心得ろ!」
そうみっちりと叱りつけた。
これには、村田も苦々しく思い反論した。
「これは備州殿の御言葉とも思えぬことを。
わたしは誰にも慮外なことをしたことなんでありません。
第一、御家の邪魔になった事なんて絶対にありえない!
宿老筆頭に似合わぬ、申しようです!」
が、栗山。
「おのれがどう見られているか知らないから、そんな風に思うのだ。
いいか、お前ほど邪魔になっている者は、当家の事は言うに及ばず、
他家にもありえないほどだ!
若い頃追いつき首の1つ2つ拾った事を鼻にかけ、でかいツラしやがって!
殿様はお許しになっているかも知れないが、この備後は許さぬぞ!
さあ、家中に恐ろしい者があるのか無いのか、ほざいてみろ!」
そう言うと短刀を抜いて、変な動きでもするか、
屁理屈でも言おうものなら一打に殺してやる! という覚悟。
これに村田出羽、頭をうなだれその場に座り込んでしまった。
しかし栗山ここで手を緩めるような男ではない。
村田の頭の上から、
「推参至極な奴めが! いつもの人もなげな息を吐いてみろ!」
と踏みつけんばかりの勢い。
この時、居合わせた者たちは、素早く集まってきたが、
『村田のやつあんなみっともない姿をしているが、
油断のならない悪戯者だ。
ああやって栗山殿の前で恐れいった体で散々に叱られているが、
そう油断させて栗山殿を斬りつけるつもりに違いない!
その時は、我らが出羽に取り付いて、簡単に目的を果たさせないぞ!』
と一同心に誓った。
流石村田出羽。
信頼感はゼロである。
と、栗山が叱るだけ叱りつけ、そろそろいいかな?
という頃合いに、村田はようやく声を上げた。
「さてさて、道理至極にて御座候。
当家に恐ろしき者など居ないといったのは、
近頃不届至極、沙汰の限りの発言でした。
この事に関して、この出羽も謝罪します。
どうかお許し下さい。」
そこで栗山、
「なら、さっさと引っ込め!」
と言ったので、これを塩に村田、すごすごと立ち退いた。
それから暫く後、
村田はこころやすい友人たちと語り合っていたとき、相変わらず高言をし、懲りもせず、
「恐れながら殿より他には、誰も恐ろしい者は居ない!」
とぶち上げていた。
これには、さすがに友人たちも呆れて口々に、
「おい出羽、あんまり大口を叩くなよ?
この間、備後殿に斬られかけた時は、流石にみっともなかったぞ?
お前が殿様にあそこまで叱られた話は聞いたことがない。
浅ましくて見苦しい姿だったぞ!」
と言ったがこれに村田出羽、笑って、
「あれはお前らが言うように、見苦しかったなあ。
俺もな、これは堪忍できないと思っていたのだが、
少しでも反論したら斬ると言いかねぬ勢いだった。
ジジイめ、あのジジイのことは俺が子供の頃から能く知ってるが、
とにかく動きがキビキビしていて、
太刀さばきも妙に早い奴なんだ。
で、うっかり俺が斬られたとしよう。
殿様はこれを両成敗になんかしてくれないよ?
逆に、
『村田のやつは悪戯者だから首を切りたいと思っていたのだが、
子供の頃から召使いあれほど人がましく取り立ててやった以上、
不憫に思って今まで助け置いていたのだ。
それを斬るとは、さすが備後!』
なんて誉めるぜ!?
その上あのジジイは、
『しかし村田の子供を助け置いては、将来心もとない』
なんて言って追放にして、
子供まで野垂れ死に。
俺の一類共に死に果てる、というわけだ。
あの男に斬り殺されるなんてのは、犬に食い殺されるような不名誉なことだ!
そう思って堪忍成りがたきを耐えていたのさ。
能く聞いておけ、いつ何時でも、あのジジイには叶わねえ。
もし俺が又あのジジイの腹をたてるようなことをしてしまったら、
この出羽はどうにかしてその機嫌をとり、それでも機嫌が治らなければ、
もう逃げるより他に道は無い。
これは俺一人に限った話じゃないぞ!?
今後一体誰があのジジイの機嫌を損ねるか知らんが、
とにかくあいつは喧嘩好きの恐ろしい奴だ。
お前たちも用心するんだぞ!」
こんな事もあり、村田出羽は栗山備後だけは恐れたが、
その他の者には相変わらず無茶なことを、ふっかけていたそうである。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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