佐伯惟定☆ | げむおた街道をゆく

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豊後の佐伯太郎惟定は、驍勇智謀の将であった。

豊薩合戦の際、島津兵庫頭義弘は、その甥である島津中務大輔豊久をして使いを遣わし、
彼に降伏することを説いたが、惟定はこれを聴かなかった。
 

豊久は再び使いを還し、利を以てこれを誘ったが、惟定はこの使いを斬って大友宗麟に、
二心無きことを示した。

 

豊久は怒り、多兵を以てこれを攻めた。

惟定は使いを斬ってから、豊久が必ず来襲することを慮り、

その策臣である山田土佐入道匡徳と計り、
伏兵を置いてこれを待った。
先ず、徒歩の者を三ヶ所に置き、一見深く隠しているようにして、

少しばかりその形成が顕れるようにした。
豊久は斥候を以て探索し、三ヶ所の伏兵を発見し、直ぐにこれを攻撃した。

三ヶ所の伏兵たちは、惟定が兼ねて命じていたとおりに、

攻撃を受けると急ぎ走って逃げ去った。
三ヶ所の伏兵は命に従って死を免れた。

そして薩摩の者達は、これによって他に伏兵はいないと考え、
再び探索することをせず、佐伯惟定を軽んずる思いを持った。

この時、惟定は騎士の伏兵を道路より二、三十町下がった山間に置き、

豊久の軍が通過するのを待って、
廻ってその後ろに出た。

豊久の軍に対し、惟定は地の利を利用してこれを防いだ。

豊久の軍は破ること出来ず徐々に疲労した。
これを窺って合図の法螺が吹かれた。

一の騎馬の伏兵、法螺を聞いて左より俄に起き、豊久軍の横を断とうとした。

豊久の兵がこれに当たろうとすると、ニの騎馬の伏兵右より起こり、

それぞれが左右を衝こうとすると、そこに三の騎馬の伏兵が中より起こった。
 

ここで本陣の匡徳正兵となり惟定奇兵となって即座に進んで縦伐した。
豊久の兵は目が眩み志奪われ、大いに敗れ潰走した。

 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。 

 

 

 

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