天正二年、一条兼定は、家臣たちによって追放されることになった。
館の門を出た兼定は何を思ったか、門内に駆け戻った。
そして馬上のまま、日頃愛でていた藤のもとに向かい、
鞭で藤の枝をすくい上げながら、歌をささやきかけた。
植えおきし 池の藤なみ 心あらば 此の春ばかり 咲くな匂ふな
翌年、その藤は全く花を咲かせなかった。
人々は奇怪なことだと騒いだ。
そこに蜷川新右衛門さんの子孫、道馮という者が、古今の例を引いて、
「草木に心は無くとも、人が愛情をこめればそれに答えるものだ。」
と解説した。
歌の通り、藤が花を咲かせなかったのは、此の春だけで、
次の年からは、また美しい花を咲かせるようになった。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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