関ヶ原の決戦の後、近江水口城に籠る長束正家に対し、
池田輝政は家臣・舟戸久左衛門を遣わして、
降伏の説得をするようにと命じた。
これに舟戸久左衛門は困惑した。
「わたしはその様な事のできる器ではありません。
もっと老巧の者を選んで遣わすべきです。」
しかし輝政は聞かず、強いて彼を使者とした。
舟戸は致し方なくその命を排し、それから鍛冶の命じて一辺3,4寸の、
方形の鉄板を作らせこれを懐に入れ水口城に至り、案内を乞うて入城し、
正家に対面すると懇切に、主人輝政の言葉を言上した。
「今降伏なされば、貴方様の一命のみならず、本領も安堵され士卒も助かるのです。」
長束正家はこれを聞くと、
「その志、たいへんかたじけなく思う。
その仰せに従って降伏することが可能なら降伏したいのだが、
我が士卒達は伊勢阿野津の城攻めに疲れて関ヶ原の戦場で功がなかったのを憤慨し、
この城を枕として目に立つほどの一戦をすることを、必死の思いで期待している。
ならば士卒の心を問わずに私一人が降伏して、
何の益があるだろうか。
この趣を以って、宜しくそなたの主人の返答申されよ。」
その言葉に、降伏を受け入れる様子は見えなかった。
ここで舟戸、正家の小姓を呼び、懐の鉄板を取り出して言った。
「これを火にて焼いて下さい。
我が主人輝政の志、私の言葉、これらが長束様を欺くものではない証拠として、
貴方様の眼前で鉄火を行います!」
そしてまた懐中より午王の神符を取り出し、片手に握った。
その決意は顔前に溢れ、これを見た正家は涙をポロポロと流し、
「貴殿のそのような真心に接しては、私はもう致し方ない。
まさしく誠の武士で有るかな。
この上はたとえ欺かれて降伏したとしても、これもまた武士の一義。
恨み悔いるには及ばない。」
そう言うと小姓を呼んで何事か囁いたが、暫くして小姓が脇差一腰を持って出てきた所を、
正家は舟戸に親しく声をかけ、
「これは見苦しいものであるが、いささかお主のこの度の志に報いようとしたものである。
帰ってお主の主人に私の降伏を伝えられよ。」
と、それを与えた。
ところがそれでも舟戸が、なかなか座を立ちかねている体を見て正家、
「ああ、私が忘れていた。」
と小姓を呼び硯を取り寄せ、證文を書いてこれを与えた。
舟戸はが立ち返りこの旨を申し上げると、池田輝政は彼を激賞した。
ちなみにこの時長束正家が舟戸久左衛門に与えた脇差は、
無銘で一尺あまりの貞宗鍛えだという。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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