憂患の時は生きて、安楽に成ると死す☆ | げむおた街道をゆく

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藤原惺窩が、浅野紀伊守(幸長)殿の所で、孟子一段を講談した。
「生於憂患而死於安楽(憂患の時は生きて、安楽に成ると死す)」
という段であった。

講談後、紀伊守殿は、
 

「私は石田治部(三成)と関係が悪かった。

そのため治部存生の間は、励んで人から非を入れられず、
また身も健固であった。
今、治部が死し、その上御所様とも懇ろ、

佐竹、島津などとは殊の外の待遇である。
しかしこれによって気が緩み、病気が却って生じた。
賢人の語、少しも相違これなし。」

と、云われた。

 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。 

 

 

 

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→ 豊臣家武断派の一人、浅野幸長

 

 

 

ごきげんよう!