井伊直孝は、日頃から厳しい環境に身を置き、食事も一汁一菜で満足していた。
その日、帰宅した直孝が夕食の膳に向かうと、
いつもの飯・味噌汁・香の物の他に焼き魚が乗っていた。
夜叉掃部は、激怒した。
「なんだ、これは! いつもの膳はどうした! この魚は、いったい何の奢りの沙汰じゃ!」
呼び出された台所番は、青い顔をして弁明した。
「い、いえ! それがしも殿の命に逆らう気はございませぬ!
その魚は先刻、殿のご母堂様より頂戴いたしましたので、膳に加えた物にございます!」
「なんと、母上が・・・。それを早く言わぬか。」
直孝の母は、“赤鬼”井伊直政の侍女、あるいは農家の娘であったとされる貧しい出身で、
大名の母となった後も直孝以上のつつましい暮らしを送っていた。
そんな女性が、息子の栄養を心配して、たまの贅沢にとわざわざ買い求めたというのだ。
直孝は台所番を下がらせると、膳を押し頂いて頭を下げた後、ゆっくりと焼き魚を平らげた。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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