大坂冬の陣が始まらんとしていた時の事である。
大坂城中では、関東勢(幕府軍)が軍勢を発進させた、との報を受け、
諸方の砦、そのほか外構え等の軍事施設の普請を急いでいた。
この時に豊臣秀頼は譜代新参の諸将を集めて評定を行ったが、そこで秀頼は、
「先に達って申し付けた各々の持ち口(担当場所)であるが、
その配置に善悪が有り不満が出ている。
よって改めて、籤(くじ)によって、持ち口を決め直す。」
と仰せになった。
これを聞いた各持ち口の頭分の者たちは、
「最前、既に仰せ出された持ち口であるのだから、
それに善悪があるといっても今になって又、変えるべきではない。
それに武士が籤を用いる時は、その故実に従うべきものであるので、
ともかくもそのままに差し置かれるべきだ。」
と思い、敢えてその沙汰に同調する雰囲気は無かった。
この時、大野治長と渡辺糺は籤奉行であり、両人は座の中央に居たのだが、
治長が進み出て申し上げることには、
「黒門口は平野口に近く、これも又大手の要害ですので、
かの口の30間は、私、治長が、これを固めます!」
渡辺糺は、これを聞くやいなや怒鳴った。
「治長のやり方は全く理解できない!
今、持ち口の善悪があるからと籤を用いようとしているのだ!
そんな所に黒門口は、治長自らがこれを固めると言い出す。
然らば、この籤は無いのと同じではないか!
そもそも修理亮はいつもそうだ!
何でも己のほしいままに行い、諸将を軽んずる。
甚だ奇怪なことである!
今後そのような態度は謹むべきだ!」
治長も、これに怒鳴り返した。
「黒門口は内側が広く、そのため小勢ではここを守るのは難しい。
それ故配下の多いこの私が、
籤を引く前にここを固めると申したので、これは全く我意を挟んだものではない!
だいたいそのように言う貴殿こそ、秀頼公の思し召しが良いのをいいことに、
諸士に対して無礼に振るまい、人々もこれを憎んでおるぞ!
この治長の事を言う前に、先ず自分の身を謹まれよ!」
糺は、これに激怒し、
「日々の事はともかく、黒門口の担当も籤で決めるべきで、
特別に治長に任せるような事は出来ない!
それでも強いて要求するのなら、余人には渡さぬ、この糺が自らここを請け負う事とする!
未だ言いたい事があるなら、申されよ!」
渡辺糺は、目を怒らし居丈高となり、肘を張って言葉を投げつけた。
これに治長も膝を立て、今にも斬りかかろうとしたのを、
座中の人々が慌てて両人の中にはいり、
「御両人は、この大坂城をまとめる老臣ではありませんか!
それがこのような論争をするのは、ただでさえ似合わぬことであり、
しかも今のような大事を控えた状況で、
朋輩同士の口論などしている場合ですか!
第一これは、君のためになりません!」
そう言って二人を制した。
ここでようやく渡辺糺が鎮まり、治長も、
「ついカッとして言い過ぎた。」
と謝罪し、各々その座に戻った。
しかしこの騒ぎのために、籤の件は沙汰止みとなったそうである。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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