豊臣秀頼公は、大阪冬の陣のおりには、御歳23であった。
世の中に無いほどのお太りであった。
木村長門も、同年である。
大野修理は、その頃、47,8くらいに見えた。
後藤又兵衛は、60あまりに見えた。
男ぶりは百人頭という風情の人であった。
真田左衛門佐は、44,5くらいに見えた。
額に2,3寸ほどの傷跡があり、小兵なる人であった。
秀頼の御子8歳と長宗我部の二人は、戦後生け捕られ、京にて御成敗された。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
こちらもよろしく
ごきげんよう!