有楽斎、誕生☆ | げむおた街道をゆく

げむおた街道をゆく

信長の野望、司馬遼太郎、大河ドラマが大好きです。なんちゃってガンダムヲタでもあります。どうぞよろしく。


本能寺から奇跡の脱出を果たした織田源五長益は、

甥の織田内大臣信雄に仕えた。
 

しかし、天正18年に東海への移封を拒絶した信雄は、

太閤秀吉の逆鱗に触れて改易され、長益も失領した。
 

この時、世をすねたのか長益は、

「織田無楽斎」

と名乗って出家した。

小田原征伐からの帰陣の途上に、そんな織田無楽斎とばったり出会った秀吉はこう言った。
「源五殿。ワシのお伽衆として召抱えるゆえ、貴殿は今は楽有る人なり。

無楽を止めて楽しく有る人になられよ。」
 

無楽斎改め「有楽斎」に対して、摂津国嶋下郡味舌2000石を与えたという。

 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。 

 

 

 

こちらもよろしく

→ 有楽流を創始、織田長益

 

 

 

ごきげんよう!