幸田彦右衛門尉と、その母☆ | げむおた街道をゆく

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幸田彦右衛門尉は、織田信孝の家臣であった。

天正年中、賤ヶ岳の戦いの前、

信孝は羽柴秀吉によって激しく攻められ、

信孝は力尽きて和睦を受け入れ、その母及び、幸田の母を人質として送った。

しかし程なく和睦は破れた。

 

秀吉は怒ってその人質を殺そうとした。

幸田彦右衛門尉は孝子であったため、
この事態に心揺れ動いた。

 

これを聞いた母は、書状をしたため彦右衛門尉を諭した。

『お前が、この老婆の身の上を思って二心を懐かないように。
お前は硬く節を守って、我が君を補翼せよ。
然らば君に忠、母に孝であり、であれば幸いにも忠孝両全と成る。
私は殺されても悔いることはない。』

これによって幸田は志を決して、秀吉に叛いた。
 

秀吉は怒り、その母を磔にした。

幸田はますます信孝に忠勤して、尾張内海で信孝が自殺した時、
奮戦して潔く戦死した。

 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。 

 

 

 

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→ 南海の総管、織田信孝

 

 

 

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