里見義弘が、かねて争っていた隣国の大名と講和し、
盟約を結ぶため国境へと向かった。
その折の事である。
彼が四、五人の郎党達と共に城下を出でて、三里ほどすすみ山間の道に入ると、
谷を隔てた場所で、
どこからともなく長さ十丈(約三十メートル)あまりの大蛇が現れ、
そこにいた大きな牛を一口で飲み込んでしまった。
里見の君臣は、
「なんというすさまじい光景だ。」
と、しばらく馬の足を止めそれを眺めていると、
牛を飲み終わった大蛇は谷へと下って行ったが、不思議な事にこの大蛇、
下るに連れて、その姿を小さくし、谷底に着く頃には、
ようやく一尺(約三十センチ)ほどの蛇となってしまった。
そしてこの蛇は草叢へと隠れようとしたが、空を飛んでいた鳶がこれを見つけ、
急降下して掠め取り、
二町ばかり先の辻堂の屋根でたちまち喰ってしまった。
家臣たちは、
「これは一体どういうことなのか。」
と、この不思議に困惑していると、
義弘は、はっと気がつきこう言った。
「つまりこういうことだ。
この大蛇が始め、十丈の時は大きな牛も呑み込んだが、
変形する通力を使ったのであろうが、
一尺の蛇となっては、鳶にすら喰われてしまう。
これは蛇だけの話ではない。
人にも大身小身の別がある。
大身は大身なりの威を用い、
小身も小身なりの力を尽くす。
大象兎径に遊ばず、鸞鳳鶏雀と群れを同じくせず、と言うではないか。
ところが、今日我々は会盟に、このわずかな人数で挑もうとしている。
これは大蛇が小蛇となって草叢に遊ぶのと同じ事ではないか?
先ほどの事は我等が氏神、八幡大菩薩が、
わしを守るために見せてくださったのであろう。
もし今回の会盟で何事か変事あれば、この少人数では何も出来ないという事を、
悟らせるためにな。」
そうして義弘たちは城にとって返し、しっかりとした共揃えを整え、
再び会盟へと出発したとのことである。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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