本多三弥左衛門正重と言う人がいる。
あの本多正信の弟で、物好きだが、いやしいところが全く無く、
常に身に香の香りをただよわせる風流人であった。
さらには信長から『海道一の勇士』とまで呼ばれた武勇の者でもあった。
この正重、長篠の戦いの後、徳川家を出奔し、牢人となり放浪したが、
ある時、滝川一益に仕えて、播磨神吉城攻めに参加した。
この日の戦いにおいて、滝川軍の幕下に入った牢人の多くが手柄を立てる働きをしたが、
正重は何の武功も得られなかった。
彼は、当時既に高名な勇者であった。
これに一益は、使いを立てて、
『そなたは、これほど高名な武士であるのに、今日、首尾が無いのはどういう事か?』
と言ってきた。
これに正重、
「この返事は、明日、申しましょう。」
と伝言した。
次の日、正重は、名のある者の首二つを取ると言う殊勲をなした。
その上で、一益に報告した。
「これぞ、ご返事に候。」
この時代を代表する勇者の一人の心意気である。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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