「昔、まだ我らが浜松を居城としていた頃のことじゃ。
ある夜、家康公に、わしの他三人が召しだされたが、
三人のうち一人が懐から書付を取り出し、家康公に差し上げた。
「その書付は何じゃ?。」
「以前より、私が考えていた事等を書き付けておいた文にございます。
殿のご参考にもなるかと思い、持参しました。」
「それは感心。佐渡よ、その書付、ここで読んで聞かせよ。」
わしは御意に従い、読み上げた。
それは、家康公への数ヶ条に渡る意見書だったが、家康公は、一ヶ条ごとに、
「もっともな事である。」
などと相づちを打ちつつ、最後までお聞きになられ、
「ようやった。これからも気づいた事があれば、遠慮なく申し出よ。」
そう言って別の用事を言い渡し、三人を下がらせた。
三人が退出した後、家康公がわしに、
「今の意見、どう思う?」
と聞かれたので、わしは率直に、
「一つとして、殿の役に立つ事はございませんな。」
と申し上げた。
「いや、それでもあやつが考え抜いて書いてくれたものなので、そこまで言わずとも良い。
わしも正直、『なるほど』と思える意見は無かったが、
考えた事を文にまとめ、折を見て主君に伝えようとする、その志は尊いものだ。
普通、自分の過ちなど気づかぬものだ。
だが、小身の者は同僚・上司や友人で互いに意見するので、
改めることが出来やすい。
これは、小身の長所でもある。
だが、大身の者は気位高く、そうそう同僚とも打ち解けた話などしないし、
家臣も意見を述べにくい。
よって、過ちを改めることが無い場合も多い。
これは、大身の損でもある。
およそ、上の者が下の者の意見を聞かずに滅んだ国や家の多いことよ。」
そう言って、家康公は話を結ばれた…。」
大御所・家康の思い出を語った本多佐渡守正信は、昔時を振り返り落涙した。
聞いていた息子の上野介正純は、
「ほうほう! その書付は、どんな文言でしたかな?」
「同席の三人とは、誰と誰ですかな?」
と正信に尋ねた。
「……それをお前が知って、何になる?」
正信は苦りきって、話を打ち切った。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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