ある日、土井利勝はたまたま座敷で唐糸の切れ端を拾い、
大野仁兵衛という近習に預けた。
「あんな糸屑が何の用に立つとお考えなのか。大名に似合わぬ吝嗇な話だ。」
と笑う者も居たが、それから数年過ぎたある日、利勝が大野を呼び、
「先年預けた糸の切れ端はどうしたか。」
と尋ねると、
「ここにございます。」
と大野が巾着から取り出した。
利勝はその糸の切れ端で脇差の下緒の先のほどけた所をくくったのち、家老を呼んで、
「主人の言葉をこの様に大切に守った事は奇特千万なことだ。」
と言って、大野に三百石加増するように命じた。
そしてこの糸が唐土から日本の長崎に渡来し、
江戸で皆の手に入るまでの多くの人々の苦労を話し、
「これを捨てて塵にしては天の咎めも恐ろしい。
いま下緒をくくったので無駄にならなかった。」
と言い、
「われ一尺に足らぬ唐糸を、三百石の知行で買い取ったわ。」
と笑った。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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