本能寺の変☆ | げむおた街道をゆく

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本能寺の変の際、京にいた男がいた。
その名は鳥居元忠。

彼は、家康と共に上洛していたのだが、

堺へ行く前に、瘧を患い、京の旅館に投宿をしていたのである。
 

本能寺の変を聞いたとき、元忠は狂乱した。
自身が危うい事にではない、家康の側にいないことにである。
 

京では様々な噂が飛び交い家康の安否は全くの不明。

ここに至り元忠は決心した。
「此の様な状況下では家康様も逃れられまい。

自分は病に倒れ、主君側に居れぬは何とも悔しい。

この期に及んでは、死んで冥土のお供をせん。」

しかし、老臣の高須信次が、こう言って押しとどめた。
「家康様は並の大将ではございません。

それに切腹するのは、家康様の是非が解るまで抑えるべきです。

短慮はいけません。」
 

その説得に、元忠も切腹を思いとどまり、

潜伏することになったが問題はその場所である。
 

これも、高須が長年祈願をしていた愛宕山の長床坊を提案し、これが容れられた。
しかし、長年のよしみとは言え何があるか解らない。

そこで高須のみを馬上とし、元忠含めた彼らは下郎の格好をして、
元忠の家臣として長床坊へと向かった。

結果として長床坊の者達は快く迎えてくれたので、元忠も直ぐに身分を明かして、

そこで身を潜めていた。
 

その間、長床坊の者たちが堺などで情報収集をするさなか、

家康が三河に生還したという飛脚が届き、

元忠も急ぎ三河へと戻った。
 

戻った元忠を、家康は大いに喜び、また元忠も高須に大いに感謝して、

彼に何時も佩用している刀を与えたそうである。

 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。 

 

 

 

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→ 三河武士の鑑、鳥居元忠

 

 

 

ごきげんよう!