草野文左衛門と言う侍がいた。
彼は京極家に仕え、大阪の陣においても相当の働きをした武勇の者であったが、
京極家の改易に伴い牢人し、やがて幕府老中・酒井忠勝に二百五十石にて、
召抱えられる事となった。
草野には住居が与えられ、引き移りの日、その家には酒井家より足軽が使わされ、
色々と草野を迎える用意をした。
そうこうして夕刻になった頃、みすぼらしい粗末な綿服で、帯刀した上で槍を提げながら、
空いた片手で馬を曳いている、明らかに下人風の者がその家屋の門前に立ち、
中にいる足軽に聞いた。
「草野文左衛門の住居はどこでしょうか?」
「ああ、それならここさ。あんたは文左衛門殿の荷物を持ってきた家来の方だね?
で、文左衛門殿はまだなのかい? ずっと待ってるんだけどねえ。」
「いいえ、私が文左衛門です。お待たせして申し訳ない。」
足軽、大いに驚いて彼を家の中に案内し、足を洗う湯などを渡したが、
「私の足より先に。」
と、自分の馬の足を洗い、夕食を進めると、
「いえ、結構です。それよりも。」
と、自分の食事より、
馬草を求めこれを馬に与え、それが終わってから座って、腰につけた弁当を出して食べた。
そうしてしばらくしてから、今度は本当の草野の小者が一人、
具足と箱とを肩にかけてやってきた。
箱のほうには衣装を入れていたが、麻の裃だけしか入っていなかったと言う。
人々はこれを聞いて、
「まことに戦国の行状である。」
と、大いに感心をしたそうである。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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