徳川家光が壮年の頃、
たびたび寵愛する酒井重澄の屋敷へと夜行したことがあった。
ある寒い夜のことである。
骨身にしみる寒さの中、重澄の屋敷から帰ろうとした家光は、
履物が暖かい事に気が付いた。
不審に主ながらその夜はそのまま城へ戻ったが、その後も履物が暖められる事は続き、
さては山城守の殊勝さよ、と尋ねるたところ、
「履物までは、心づき申さず恐れ入る。」
と返された。
では履物を暖めているのは誰なのか?
それ以来、家光も気を配るようになり、ついに誰であるかが判明した。
それはなんと家光の守り役・酒井忠勝だったのである。
寵愛のあまりの夜行を知った忠勝は、家光の身を案じてひそかに供をしていたのだ。
目立たぬように尾行し、重澄の屋敷に入るのを見届けてからは近所に身を潜め、
帰りもまた尾行する。
そして凍えそうな寒さの夜には、家光の履物を懐に入れて暖め、戻しておく。
それを繰り返していたのだ。
真実を知った家光は忠勝を召し出し、
「この頃のことは、なんとも申しようがない。」
と言った。
忠勝は、
「今大切なる御身としては夜行などなさるのは以ての外、
かようなことを近習の者が1人でも知れば大事ゆえ、
人は多くとも頼みにできる者なく、数は少なくとも警護致しました。
それにしても軽々しいことです。」
と諌めた。
これを聞いた家光は感動のあまり落涙し、その後、夜行することはなくなった。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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