ある年の田植えの頃、近藤某という譜代の士が貧乏だったため、
自ら田植えをしていた。
松平広忠は鷹狩りの道すがら見とがめ、近臣に命じた。
「あれは誰か。見覚えがあるが連れて参れ。」
近臣たちは近藤が朋輩のため赤面していたが、
命令であるので仕方なくこのことを近藤に告げた。
近藤は泥まみれのまま、真っ黒な顔で広忠の前に出た。
近臣達は近藤は成敗されるに違いないと心配していた。
広忠は涙を浮かべてこう言った。
「譜代の士なればこそ、このような暮らしにも堪え忍び、
いざ鎌倉という折に身命や妻子を投げ捨てて、代々の主君のために忠孝を励んでくれるのだ。
なんじらもおそらく、この近藤と同じことをこの広忠に隠しておるに相違あるまい。
早く家郷に帰り、田を植えよ。」
これを聴いていたものはみな涙を流し、
「かかるお情け深き主君のためには一命はもとより、妻子をも顧みず奉公の誠を尽くそう。」
と誓い合ったとのことである。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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