ある時、松平清康の食事が終わる頃に、家臣らが出仕してきたことがあった。
すると清康は椀の中の汁を捨てさせて前に進み、
「皆、これで酒を飲め。」
といった。
しかし、家臣らは恐縮して頭を下げてかしこまっていた。まあ当然である。
「何故飲まないのだ。さあさあ飲め。」
それでも飲ませようとする清康。なんというめんどくささ。
しかし、家臣たちにとって、
主君の椀で酒を飲むというのはとてももったいなくて、
更に頭を下げるしかなかった。
これを見た清康は、
「皆、何故飲まないのだ。
前世の行いが良ければ主人となり、前世の行いが悪ければ家臣となるだけで、
侍には上下の隔てはない。許すから飲め。」
とまで言って薦めた。
あまり辞退しては失礼になると思ったので、家臣らはかしこまって御前に進んだ。
その時、清康は微笑みながら、
「老いたものも若いものも残らず、三杯ずつ飲め。」
といった。
あまりの嬉しさに下戸も上戸も皆、三杯ずつ飲んで退出した。
帰り道で一人の家臣が話した。
「今の椀も情ある言葉も、どれだけの金銀米銭を積み、
宝物を山ほど与えられるよりも有難いことだ。
今の椀の酒は、主君と我々どもの首の血だ。
この情けには妻子を顧みず、馬前で討ち死にして、恩に報いよう。
それがこの世の名誉であり、あの世へのいい思い出になろう。」
一同は、
「その通りだ。」
と喜び合ったという。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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