戦国の完璧超人、”立花左近将監” こと宗茂を、
彦左衛門が嫌っていることは、世間周知の話であった。
酒の席でも、度が過ぎると憤怒に駆られて、
愚痴ることがあった。
さて、豊臣と徳川が手切れして、大坂冬の陣が始まる直前、
彦左衛門の元に大久保家と同じ三河安祥以来の譜代の旗本である、
某家の孫が訪ねてきた。
孫と言っても齢三十に近い青年武士である。
彦左衛門は、大いに喜び武士を書院に通すと、
戦死した某家の祖父や父の武功を語りだした。
武士は、終わるのを待って、おもむろに懐から一通の封書を取り出すと、
彦左衛門に差し出した。
「これは?」
「連判状にござる。」
彦左衛門が封書を開けてみると、十数名の旗本の血判が押された連判状が出てきた。
封書の内容に目を通すと以下のことが書かれていた。
「立花左近将監は、関ヶ原の折りに徳川家に謀反したにも関わらず、
言葉巧みに大御所様、将軍様に取り入り、寵愛を欲しいままにしてきた姦人である。
あまつさえこのたびの大坂との手切れに際して、
密かに豊臣と通じ大御所様、将軍様を害せんとの噂さえある。
しかるに、このたび大御所様の御差配にて、
将軍様の采配を預かるとのことである。
我らは左近将監の真意を糺すべく詰問する所存、ご同意願いたい。」
連判状を読み終わるや彦左衛門は、武士を大喝した。
「左近将監の首は、何処にあるや!」
「く、首でござるか。」
「左様、首じゃ。かかる姦物、詰問など手ぬるかろう。
三河武士なら既に首にして首桶持参で当家に来るものぞ。
さ、首桶を見せよ。」
「ご無体な。我ら、大久保様の血判を添えて左近将監を詰問する・・・・・・。」
「この痴れ者がぁぁ! 左近将監に不審があれば、その場を去らずに切り捨てるのが、
誠の三河武士じゃ、上方侍のように詰問などと・・・・・・恥を知れ恥を!」
彦左衛門は、連判状を武士の目の前で破り捨てると続けた。
「そもそも、大御所様、将軍様の眼鏡にかなえばこそ、
敵対した左近将監が大名に再び取り立てられたのだ。
天下を差配される御両所の人を見る器量に瑕瑾があるがごとき物言いは無礼千万!
左近将監を詰問するは、大御所様、将軍様に謀反するも同然。
連判状など言語道断!
疾く疾く立ち返って左近将監の首を持参せよ。」
と武士を屋敷から追い出すと家来に愚痴った。
「三河武士の弓矢も衰えたものよ。左近将監がごときものが、
采配を預かるのも、時の流れというものか。」
大久保彦左衛門、情けない三河武士を説諭する良い話。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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