小田原陣の時の事である。
長い対陣で、秀吉も暇だったのだろう。
その日は諸将の陣屋を見物して回っていた。
そこで、徳川家康の家臣、大久保忠世の陣屋が特に立派なのを見て取った秀吉、
ツカツカと忠世の陣屋に入っていった。
突然の御成りに驚く忠世に、秀吉、「飯を食わせろ。」と言う。
陪臣の陣屋に、関白が御成りするだけでも大変な名誉である。
さらに食事を取っていただくなどとは、
ちょっと想像もつかない栄誉であっただろう。
が、大久保忠世。
そんな一筋縄の武者ではない。三河者なのだ。
「断る。」
「お前のその態度が気に入らないから、飯なんて出せねえ。」
と、こんな事を言った。
当然秀吉の左右の者達は色めきたつ。
しかし秀吉、長束正家に、
「弁当をもってこい。」
と命じ、そして持ってこさせた弁当を、忠世の陣屋で食べた。
そこに家康がやってきた。
秀吉が忠世の陣屋に入ったと聞いて、嫌な予感がしたからだ。
案の定である。
ところが秀吉、家康に対し、
「陣屋を使わせてもらったぞ。この大久保忠世に褒美として、
加増してやるように。」
と言い出した。
これには忠世も含めて皆、ポカーンである。
そうして退出する時、秀吉は後ろから忠世の袖を引っ張って、
「どうだ? 嬉しいであろう?」
と聞いてきた。
これには忠世も、
「今までは関白殿下に、どう盾をついてやろうかと考えておりましたが、
今後は殿下に、弓を引く事ができなくなってしまいました。」
後日、忠世は同僚の石川主馬に、
「あの時は秀吉公を、心底かたじけなく思ってしまったよ。
秀吉という人は、確かに名誉な大将だ」
そのように語ったそうである。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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