前田利常公の時代のこと。
山本瀬兵衛は、御用によって、小松から金沢に召されたのだが、
いつもどんな用であっても、
召された時には軽いものを利常公に献上していたのに、
この時はうっかり忘れて来てしまい、
台所奉行の佐藤久右衛門の所に行き、
「何でもいいので、手頃なものが有れば貸して頂けないだろうか?
後で同じ物をそろえて返すので。」
と聞くと、
「今朝方どこかからサザエが一折来ていたが。」
とのことなので、それを借りた。
ところが、その時期はちょうど夏であったため、サザエのうち1つか2つ、臭うものが有り、
「主に腐ったものを、贈るなどあるものか!」
と、受け取った利常な以ての外に機嫌が悪くなり、
そのため右筆の中村久越殿が、山本の所にやって来て、彼を散々に叱りつけ、
この事を聞かせると、山本はしかし、
「これは近頃、迷惑なことです。
私は急に召し出されたため、献上品を忘れてきてしまい、
台所に行って佐藤久右衛門殿に、
『何かあったら貸してほしい。後で揃えてお返しする。』
と言って、
サザエを借りたのですが、その時私は焦っていて、それをろくに確認しませんでした。
そのため、少し悪いものがあったのでしょう。」
と言い、この事が中村久越から申し上げられると利常は、
「それが申し訳になるものか!
それは田舎たわけの披露というものだ!
佐藤久右衛門は田舎ぶりの抜けない人間で、それ故に信頼していたのに、
久右衛門は親や子供には知らないが、
人に物の用に立つものを貸さないような者であったのか!
そのような人物を重宝して台所奉行に置いていればそれは、
前田家全体が田舎一門と見られてしまう。
それはたわけの至極である!
早々に調査をせよ!」
との御意であったので、次の日、山本瀬兵衛が、
再びサザエを佐藤久右衛門から取り寄せさせた所、
今度は初めのものより大きく新鮮で、見事なものをくれ、
しかも目録に印まで押して遣わされた。
これを見た前田利常は、
「久右衛門は、山本瀬兵衛の事を、ちゃんと心に懸けておるわ。」
とお笑いに成り、中村久越は山本に、
「昨日はお叱りになったのに、今日のサザエは見事だと、
お褒めになっていたよ。」
と伝えて笑われた。
この事は私(著者)の亡父である、山本瀬兵衛が話したことである。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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