十左衛門火☆ | げむおた街道をゆく

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北信景は、通称を十左衛門と云い、

南部利直の寵臣だったころは十左と呼ばれていた。


その十左衛門が伊勢で捕らえられ盛岡藩の利直の元へ連行された。

十左衛門は弓の名手として家中でも知られ、

大坂の陣でも巧みな腕前を披露し将軍秀忠の目に止まった。


利直は秀忠に、

「南部は惜しい家臣を失ったな。」

とまで云われてしまい、かつての寵臣だっただけに怒りは激しかった。
利直じきじきに処刑したとされ、利直が命じたのは惨いものであった。
十左衛門の全ての指を一日一本ずつ切り落とせと命じたのだ。

利直、「指を落とされるたびに己の罪を悔いるが良い!」
十左衛門、「ならば拙者は指を1本落とされるたびに、

殿へ怨みの矢を10本射てくれましょう!」
返事に怒った利直の命令で処罰は執行された。
そして全ての指が切り落とされた20日後、再び利直は十左衛門に対面した。

利直、「どうじゃ! 少しは後悔したか?」
十左衛門、「おお! 殿へ怨みの矢を200本放ちましたぞ!」
利直、「おのれ! まだ云うか!」
カッとなった利直は持っていた銃をブッ放し十左衛門を撃ち殺した。

それ以来、城には怪異が続き十左衛門が殺された刑場に鬼火が出るようになり、
人々は、「十左衛門火」と呼んで恐れおののいたという。
 

後に利直、

「十左のことは、やはりワシの不徳の致すところだろう。」

と思いなおし供養塔を建て、ねんごろに弔ったところ、

しばらくすると怪異は治まり鬼火は出なくなったそうだ。

 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。 

 

 

 

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→ わんこそば、南部利直

 

 

 

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