関東に下るべきか、それとも大坂城に入るべきか☆ | げむおた街道をゆく

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或る記に、塙直之(団右衛門)は、加藤嘉明の元を浪人した後、

左馬助(嘉明)に奉公構を受け、慶長十四年に、出家と成り中国地方に在った所、

大坂の一乱(大坂の陣)が起こるということを聞くと直ぐに、
「関東に下り、何方へなりとも付いて参陣しよう。」
と、譜代の家人である山縣三郎右衛門という者を召し連れて、近江路まで進んだが、

 

この時、諸浪人が大坂に抱えられているという事を知り、
「関東に下るべきか、それとも大坂城に入るべきか。」
と迷い、心一決せず、山縣三郎右衛門に相談した。

 

すると三郎右衛門は、
「はるばる東国へ下ったとしても、諸大名やその従臣数多であり、

参陣しても禄は多く貰えないでしょう。
大坂へ行かれれば、歓迎され高知を給わるでしょう。

さらに軍功があれば大名にもなれるでしょう。
この理、当然のことです。」
と諌めた。

これに「然らば。」と、塙直之は近江路より引き返し大坂に着くと、

伝手を以て豊臣家に仕えようと様々に徘徊していた折に、

雲居法師が城に出入りするのに行き合ったが、彼は直之の従弟であったので、
その事を話し、直に城中に入ったという。

 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。

 

 

 

こちらもよろしく

→ 言い触らし団右衛門、塙直之

 

 

 

ごきげんよう!