長篠の戦い敗走の時。
武田勝頼は、馬場信房の殿と討死の間に落ち延びたが、
この時に相伝の旗を捨てたのを、本多平八郎(忠勝)の属兵・原田弥之助が拾い取った。
梶金平(勝忠。忠勝の与力・家臣)は、大声を揚げて、
「どうした武田四郎!
たとえ命を惜しみ敵に押付を見せようとも、
相伝の旗を敵に取られるなんてことがあるか!」
と散々に罵った。
武田方の旗奉行がこれを聞いて、
「その旗は古物だから捨てたのだ!」
と言えば、
金平はなおも声高に、
「山県・内藤・馬場などの古老どもも、古者だから捨てたか!」
と声を放って大笑いした。
武田方はこれを聞かぬふりをして、落ちて行った。
神君(徳川家康)はこの事を聞こし召し、
「金平、当意即妙の申し様なり。」
と仰せになり、金平は御感心に預かった。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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