慶長九年(1604)、ある夜の事。
その日、徳川秀忠は大奥に渡った。
この時、小姓の松平長四郎、当時9歳が太刀持ちとして途中まで従い、
大奥の手前の薄暗い廊下の隅で控えた。
が、そこでついつい居眠りを始めてしまった。
さて、しばらくして秀忠が戻ってくると、
長四郎が居眠りしているのを見つけた。
しかし秀忠、
「慣れない勤めで疲れが出たのであろう。起こすのもかわいそうだ。」
と、黙って太刀置きの太刀を取り、そのまま戻ろうとした。
ところが丁度この時、長四郎が目を覚ました。
「何者!?」
目がさめたばかりの長四郎は、自分が居眠りしている間に、
曲者が秀忠の太刀を奪ったと考えた。
長四郎、秀忠の背中にしがみつき、
「やるまいぞ!やるまいぞ!」
と叫び、太刀を取り返そうとした。
「馬鹿者、わしだ。」
そう言われ長四郎はようやく、自分がしがみついているのが秀忠だと気がついた。
「御無礼仕りました!」
すぐに秀忠から離れ畏まった。
居眠りした上に主人を曲者と間違いしがみついた。
幼い長四郎であっても、これは重い罰を受ける、切腹もありうる。
そう、覚悟した。
しかし、
「長四郎?」
「ははっ」
「その心がけ、忘れるでないぞ。」
秀忠はそれだけをいい、長四郎の無礼を一切咎めなかった。
そしてこれから間もなく、松平長四郎は秀忠の嫡子、竹千代の小姓に抜擢された。
この松平長四郎、長じて伊豆守信綱と名乗る。
そう、後の知恵伊豆とはこの人である。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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