細川幽斎は、武将としてだけでなく、才人としても非常に高名であったが、
そう言うことを鼻にかける事も無く、偉ぶるようなところが全く無い人であった。
連歌師の里村紹巴がある頃、
他人より優れんとの執念に、
まるで何かの病のように、取り付かれていたことがあった。
これを見て取った幽斎、
「人と言うものは、心はもちろん、その姿形、言葉使いに至るまで、
全て謙虚であるべきものなのだ。
紹巴殿、今一度、その心に立ち帰ってみなさい。」
このように、懇ろに教訓したそうである。
又ある時、幽斎が、蒲生氏郷に、たまたま出くわしたとき、
氏郷がこんなことを言ってきた。
「幽斎殿、あなたは学問芸術での高名が高すぎて、
その武功に対しては、世間ではあまり語られません。
そういうことであれば、学芸に長じると言うのは、
武士として不必要なのではないでしょうか?」
これに幽斎、笑いながら、
「いやいや、私は少々学芸をいたしましたが、
どれもこれも皆、口すさび手すさび程度のもので、
何一つとして他人に優れているようなものはありませぬ。
ましてや武家の勤めにおいては、一体誰が私などに劣るものでしょうか?」
こんな挨拶を返したそうである。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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