上杉景勝という人は、豪邁肝大の大将にて、
その軍陣に臨むや、先陣において既に交戦し、
矢弾雨のごとく降り喚声天地を振動するばかりであっても、
身は幕中に有りて普段と変わらず睡眠を取り、
雷の如きいびきを上げるのを常としたという。
彼が豊臣秀吉に臣従し上洛した時、
数百人の一行は完全に黙し、咳の声すら聞こえず、
只人馬の足音を聞くのみであった。
その折、富士川を渡る際、船が小さく人多く、中流に至ってほとんど沈没せんとした。
この時、景勝怒り、舷頭に立って鞭を挙げて一揮すれば、
衆皆躍り上がるように水に飛び込み泳ぎ、
よって無難に渡ることを得たという。
景勝の厳格なることかくの如きなれば、
彼の生涯において、只一度の外その喜悦の色を見たことが無いという。
ある時、上杉家に一匹の猿があり、たまたま景勝が脱いでおいていた巾帽をかぶって逃げ、
庭の木に上り景勝に向かって3度頷いた。
彼はこれを見てにっこりと微笑んだ。
これ実に、左右の近臣達ですら、始めとも終わりとも、
景勝の笑顔を見た一生の内ただ一度の事であったという。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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