細川忠興は、越中守という役職についていた。
彼は今で言うところの変態気味な一面があったそうだ。
具体的には下着フェチだったと言われているようで、
奥方であるガラシャの下着を好んでつけては、喜んでいたという。
当時の女性の生理帯というと、まさしく男の褌と同じスタイルだったが、
忠興がそれを身に付けた時に、
不可思議な喜びを感じたのかもしれない。
そしてそれを常用したいと考えた。
そこから、自分用の下着として、つまりは褌として身に付けはじめた。
そしてこの、元々女性用の下着から作った褌が世に広まるに従い、
忠興の役職でもある越中守から、
越中フンドシと呼ぶようになったという。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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