元和二年(1616)、家康亡き後、黒田長政は、
将軍秀忠の側近・土井利勝への接近を謀った。
ところがこの事が、かねてより黒田家と親しい幕府年寄・安藤重信を不快にさせ、
彼が病気にかかったので、見舞いに行っても会おうともしない。
しかも悪い事に土井利勝側からも
相手にしてもらえない、と言う非常によくない事態に陥った。
これを聞いて喜んだのが細川忠興。
早速息子に書状を書いた。
「大体あいつは、昔からあんな策謀ばっかりやってた男だけど、
とうとう尻尾だしやがった!」
(惣別かような才覚前々より上手にて候が、今度は尾が見え候や、笑止に存知候。)
久々に胸のすく思いの、三斎公であった。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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