三度の遺恨☆ | げむおた街道をゆく

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大阪冬の陣が始まろうとする時、徳川家康より、

黒田右衛門佐(忠之)には島津押さえのため在国をし、

この他、筑後柳川城主・田中筑後守(吉政)、豊前小倉城主・細川三斎、

加藤肥後守忠広の計4人は九州に残り、大阪で戦闘が始まれば、

各々が島津を誘い、田中と黒田が先に出発し、
中に島津を行かせ、後ろから長岡内記(細川忠利)、加藤が後払いをして上洛するように、

との命が下った。

ところがその所に、細川越中守三斎から、押して大阪に着陣したいとの要望が提出された。
 

その内容には、

『私は秀頼に対して、3度まで遺恨を持っているのです!
そのため前々から、今のような事態が起これば将軍家のお供をつかまつり、
ご奉公申し上げたいと思っていた所、このような好機が訪れました。
ここは押して、罷り上がりたいと思います!
そのため、軍勢は国元に残し、私はただ7騎だけを召し連れます。』

これを見た家康は尤もな事だと思い、

「将軍の秀忠はまだ若輩であり、本多佐渡守(正信)の組に入り、

旗本にあって補佐してほしい。」

と仰せ出なされたとのことである。

 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。

 

 

 

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→ 激情の人、細川忠興

 

 

 

ごきげんよう!