天正8年、細川家が織田信長の命で、丹後を攻めたときのこと。
8月に藤孝忠興が青龍寺から丹後に入国し、光秀と一緒に歯向かうもの打ち取っていった。
その中で、高屋十郎兵衛という土地の力のある者が抵抗していたのだが、
冬に入って降参した。
雪の中、忠興が履を着て厩の前に立っていたとき、家来の米田助右衛門是政が、
高屋を連れてやってきた。
高屋は鳥目百疋を持って礼拝しにきた。
助右衛門が礼拝しているとき忠興が、
「高屋の首を捻じって切れ。」
と言って長国の太刀で手打ちにした。
助右衛門は左手に鳥目百疋を持ちながら抜き打ちで二の目を切ったので、
忠興は刀の峰に切り込むのが殊の外早かったと感心した。
高屋は国中に威名のあるものだったので、この忠興の勇敢な行為を聞いて恐れて、
忠興に背くものはいなかった。
かつて丹後は長年一揆で争いのある国と成って、
人民が困窮していたので、藤孝は早速国中を巡見し是非を決断して、
憐憫を加えたので、たちまち国中平均して、皆その徳を仰いだという。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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