福島伊予守の書院の雪隠に化物が出るという噂が立った。
夜に厠に行く者の尻を撫でる。
その手は毛が生えていて爪が長いということである。
そのため日が暮れるとその厠に行く者がいなくなった。
或る夜、伊予守方に、
武藤修理・坂井主膳・大橋茂右衛門・牧主馬・村上彦右衛門・塙団右衛門らが、
夜話に集まった。
夜中に団右衛門が厠に行って用を足していると、
厠の上の松の大木から何者かが伝ってくる物音がして、
梢より厠の屋根に飛び降りた。
その足音は大男のような足音であった。
団右衛門は驚いたが、
「これが世間で噂の化物というものであろうか。」
と思い、厠の屋根よりそっと覗き込む。
その顔は朱をぬったようであり目は光って鏡のようであった。
牙を噛みだす様子は鬼面に似ていた。
団右衛門は少しも騒がず、はったと睨み返す。
化物は顔を引っ込めていなくなった。
そのまま厠の下より毛の生えた手で団右衛門の尻を撫でる。
心得たりと捕らえようとすると手を引っ込めてまた屋根より覗きこんできた。
また睨み返すと、これまた顔を引っ込めて厠の下より尻を撫でる。
その手をひしと捕らえて内に引きこむと、厠の戸は破れたものの、
内に引き込むことが出来た。
団右衛門は得たりやおうと組み打ちし上に下にと投げ倒す。
その物音を聞いて人々が厠に走りより、一人の小姓が化物の足を捕らえた。
団右衛門は血に染まり、化物を脇差にて刺し通したところを見ると大きな猿であった。
「噂であった化物は、この猿に違いない。」
と広島の者はみな、団右衛門の勇気を称えた。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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