加藤肥後守清正が、茶会を催すという時、
所持している名物の茶碗を出して置いたままにしていたが、
ここに小姓たちが集まって、撫でさするなどして見ていた所、
その中の一人が誤って落とし、これを割ってしまった。
皆驚いたが、さすが武功の者達の子供だけあって、
「この事決して、割った当人の名を言わない。
たとえどれほど厳しい詮議があっても、互いに言うことはない。」
と誓った。
清正が席に戻ると、名物の茶碗が割れ置かれている。
立腹して小姓たちを呼んで詮議したが、彼らは清正の問に一言も答えず黙然としていた。
清正は睨みつけ、
「その方共は若輩とはいいながら、臆病なる者共かな!
何れも父は武功の者であるというのに、
かくも臆病なる有り様、父の名を汚す者共だ!」
この怒声に、加藤平三郎という14歳になる者が、頭を上げて清正の顔を見て言った。
「我々がどういう理由で、父の名を汚す臆病だと言うのでしょうか!?」
清正いよいよ怒って、
「名物の茶器を割った科によって切腹をもさせられると思い、
命を惜しんで割った者の名を言わないのであろう!
これによって臆病者といったのだ!」
「我々の中に命を惜しむ臆病者は一人もおりません!
茶碗を割った者の名を申し上げないのは、
どれほどの名物の茶碗であっても、それは無くても事に欠けるものではありません。
そんな器物のために、我々の内一人足りとも、
傷のつくことを惜しんで名を申し上げないのです。
無くても事に欠けないと申した理由は、
国家を治められるのに器物が何の御用に立つでしょうか?
いまにも、御領国を奪おうと敵軍が押し寄せてきた時は、
我々は命を捨てても敵を討ち取り御領国を守護いたします。
また、状況によっては主君の命にも代わり討ち死にいたします。
であれば、どれほどの名物の茶碗であっても我々の中の一人に代える理があるでしょうか?
これ故に、割った者の名を申し上げなかったのですが、
我々の親たちの武功までも仰せだされた上は、
猶以ってその者の名は決して申し上げられません!」
清正はこの、まさに理の当然伏し、
「あっぱれなる小姓共である。
ゆくゆくは、父にまさるとも劣るまじき武士と成るだろう。
頼もしき者共かな。」
と讃えたという。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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