鵜ノ瀬堰☆ | げむおた街道をゆく

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昔々、甲佐町には、東と西に二本の川が流れていました。
 

この川には堤防が無く、雨が降るとすぐ溢れるので町の人達は皆困っていました。
その頃の肥後のお殿様である加藤清正公は、

堤を築いて二つの川の流れを一つにすれば、
洪水を防ぎ、田んぼに沢山水をやることが出来るようになるだろうと考えて、

何千人もの人達を使って堤を作ろうとしました。
 

十人力でないと運べないような大きく重たい石を沢山川の中に積み上げて、

堰を作ろうとするのですが、水の流れが激しく何度作っても流されてしまいます。
工事が捗らないことに困った清正公は、近くの甲佐神社にお参りして、
「この町の人達を助ける為なのです、どうか立派な堤が出来るよう力を貸してください。」

と、神様にお祈りしました。
 

清正公は何日も、その日の工事が終わってから夜ごと神社に通い、熱心にお祈りしました。
 

するとある夜、清正公は夢を見ました。
きらきらと日の光に輝く、静かに流れる川に、

斜めに一列になって鵜が並んでいる夢です。
目が覚めた清正公は、

「これはきっと神様のお告げに違いない。」

と考えて、日の出と共に馬をとばして川を見に行きました。
 

すると、朝日に輝く静かな川の中に、斜めに一列になって鵜が並んでいる景色が見えました。
夢に出てきたとおりの景色でした。
清正公は鵜が並んでいたとおりに石を積むようにさせました。
すると、作った堰はどんなに激しい流れが来ても流れないようになりました。
清正公は、甲佐神社の神様のお告げに感謝し、

完成した堰を「鵜ノ瀬堰」と名付けました。

 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。

 

 

 

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→ 蔚山城の戦い、加藤清正

 

 

 

ごきげんよう!