天正3年(1575)、
長篠の戦いでみずから武田勢と槍を合わせた前田利家は不覚を取り、
腿を槍で刺される大ケガを負い、地に倒れた。
当然、そこで敵の槍が止まるはずもなく、『槍の又左』も一巻の終わり・・・。
と思われた時、不意に飛んできた別の槍が武田武士を抑え、利家の命を救った。
「殿、今じゃ!立たれよ!」
主君から片時も目を離さぬ前田の家老・村井豊後守長頼の助けだった。
これで体勢を立て直した利家は、武田武士の首を獲り、信長から褒美を授かった。
「私はごらんの通り、傷まで受けており、村井がおらねばあぶなかったでしょう。
これは私の功ではありません。褒美は村井に与えて下され。」
利家は正直に語った。
信長は首を振って答えた。
「そのような忠義の勇士を召抱えて事に備える、これすなわちお前の功ではないか。」
10年後、長頼の子・勘十郎長次が、利家の近習として出仕することになった。
17歳と遊びたい盛りの勘十郎、ある日城下で遊び過ぎ、朝帰りして出仕に遅れた。
利家に呼ばれ、広間に平伏した勘十郎が恐る恐る顔を上げて見ると、
待っていたのは見た事もない赤い顔した主君の顔と、青い顔した父親の顔。
そこへ利家の叱責が飛んだ。
「主君の叱る時は、ただかしこまって顔を上げぬものだ!
顔を上げるのは、主君に不満あって、
果し合わんとして目を合わせようという事だぞ!
よし、お前の考えは分かった、そこへ直れ!
・・・と言いたい所だが、お前は村井が子ゆえ、特に許してやろう。
ああ、勘違いするな?
逆に言えば、どれほどワシらに叱られようとも不満があっても、
父親のように、ひたすら前田家に仕え続けねばならんという事だ。
その辺りをよく考えて、今後は分別せい! 以上!」
側で聞いていた長頼、情けなさと目から流れ落ちるもののあまり、
しばらく顔を上げられなかったという。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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