伏見にて、徳川家康は、猛暑を避けるために、
城の櫓の上で涼んでいた。
この時、台所に出入りする下人たちの様子を見ていた家康は、
不機嫌な様子で本多正信に語りかけた。
「下人どもは様々な物を懐や袂に入れたり、
宿直の荷物に包んで退出しておるようだが、
どうやら官物をくすねているな。
官長の注意が足りぬからこうなるのだ。」
「それは、実にめでたいことですな。」
「何? 下人の盗みがめでたいとは何事だ!」
「岡崎におられた頃はもちろん、
浜松に移られた後も御分国が広大になったとはいえ、
台所の物は鰹節一本とて盗むことはできませんでした。
しかし、関八州の大守となられ、
海内第一の大名にして天下の政務にも御参与なさっておられますと、
国々の国守より貢物奉ることおびただしき故に、
自然と裕福にもなりましょう。
ですから、かような盗人も出てくるのです。
いや、これぞ御家繁栄のしるしですな。
前波半入がいつも御前で歌う小歌で、
お聞きになったことはありませんか?
『御台所と河の瀬はいつもどむどむとなるがよい』
というやつですよ。」
正信の言葉を聞いて、家康は、
「佐渡の言うことは、いつもこれだからな。」
と微笑んだ。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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