駿府城の外の横内という所に、町家が少しある。
その町の端を横内田町と称し、今では家が四、五軒ある。
神君が御在城のときに、七十余の老婆が一人暮らしをしていた。
御通行のときに、
「婆は独居して寒いだろう、何か望みを叶えてやろう。」
と御尋ねられた。
御答えに、
「この年になり何も望みはない。」
と申し上げた。
「それでも何か望みがないことはないだろう。」
と押して問われたので、
「他に望みはありません。ただ暁七つ頃に牛車が通ってやかましいです。」
と言上した。
それでは望みどおりにしてやろうとの上意で、
その後から今に至っても、横内町の辺りは、牛車は通行できないという。

ごきげんよう!