奇襲で信長の旗を奪った石山勢は、
「信長は降伏したぞ。」
と叫びながら、石山へ帰って行った。
その途中、道の脇から男が現れて兵をなぎ倒し、
旗を奪ってどこかへ去って行った。
怒って追いかけようとする兵たちを、大将・粟津右近は制した。
「甲冑を着たこの軍勢の中に、平服でただ一人駆け入り、
旗を奪うなど、よもや人間ではあるまい。」
佐久間信盛の軍が信長を探していると、
道端に一人の男がおり、
奪われた旗を持っていた。
「そなたは何者じゃ、なぜその旗を持っておる。」
「俺は敵でも味方でもない、ただの三界流転の浪人だ。
信長が降参したなどと嘲笑するのを見るに堪えず、
奪い返し、織田方へ返そうと思ったまで。」
男は旗を返した。
「かたじけない。わしは織田家の将・佐久間信盛じゃ。」
「おお佐久間殿か、俺だ、前田慶次郎だ。」
佐久間は驚いて、月明かりを頼りによく見ると、たしかに慶次郎であった。
「お主は理由もなく出奔したではないか。
なぜここへ?
しかし今回の働き見事じゃ。
殿も喜ぶだろう。
帰参するならわしがとりなそう。」
慶次郎は、
「理由なくとは佐久間殿の言葉とも思えぬ。
前田の家は嫡男の俺ではなく利家に渡った。
何の面目があって国にとどまるのか。
俺は意地を守って浪人となっただけ。
今帰参するのは、すでに治まった叔父の家を奪うようなものじゃ。
望みはござらぬ。
旗は佐久間殿の手柄とせよ。」
と笑い、姿を消した。
佐久間は信長に出会うと、慶次郎の件を話した。
信長も慶次郎のことは武勇の士として聞いていたので、
姿を消したことを残念がった。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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